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「オーサーがオータム・クラシックで帰郷」(2014/10/14)記事訳

梅田
※友だちが送ってくれた梅田の写真です。行きたい!

きのうは引退報道で涙、きょうはNHK杯の二次発売で涙、といろいろな意味で涙と縁の切れない日々ですが、みなさま、いかがお過ごしですか? ひさしぶりに新しい記事が出たので、ご紹介します。あいかわらず、cocoのへっぽこ訳ですが、よかったら、どうぞ〜♪

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オーサーがオータム・クラシックで帰郷

ビバリー・スミス著
2014年10月14日

オンタリオ州バリーのアランデール・リクリエーション・センターには、カルガリー・オリンピックでオーサーが旗手を務めたときのユニフォームがいまでも飾ってある。ここは、オーサーがスケーターとしてのキャリアの大半を拠点にしてきた都市である。

白い縁飾りのついたカナダ公式の赤色のユニフォームは永遠に不滅である。それは、オーサーも同じようだ。彼はISUチャレンジャー・シリーズとして新しく開催される、オータム・クラシックのため、アランデール・リクリエーション・センターに足を踏み入れた。まるで故郷への帰還だ。オーサーはアランデール・センターの〝名誉の壁〟の筆頭に挙がる人物であり、プレートには彼の名前が大きく書かれ、その戦績もすべて記されている。彼はオンタリオ州バリーの南にあるリンクを拠点とする間、オリンピックの2個の銀メダルと世界選手権の金メダルをひとつ獲得した。バリーは北米でいちばんの急成長を遂げた都市だと言われている。

とはいえ、オーサーがアレンデール・リクリエーション・ホールを訪れるのが初めてだというわけではない。オクトーバーフェストという、10月に行われる試験的な試合にも教え子を連れてきたことがある。帯同していたのは、ナム・グエン。男子シングルで世界的に将来を嘱望されている選手だ。昨季、世界ジュニア選手権で優勝し、世界選手権初出場で12位という成績をおさめている。

ナムはオーサーの縁飾りつきの衣装を眺めるという巡礼の旅に出ただろうか? 以前にも、オクトーバーフェストに出場しているため、彼にとって目新しいわけではない。しかし、今週の火曜には縁飾りの目の前でウォームアップをしていたから、彼がそれを目にし、それが何であるかに気づいたことはまちがいない。

火曜はオータム・クラシックの練習日で、ナムは4回転サルコウを2回、きれいに決めた。今週、バリーで行なわれる大会では、4回転サルコウをプログラムに組み込む予定だ。「前に進むときには、必ず転機が訪れる」とオーサー。「新しく〝おとな〟のジャンプを組み込むのはいいことだ。おかげで、アクセルへのプレッシャーがなくなる」

ナムには強みがある。しかも、トロントには最高の練習仲間がいる。世界チャンピオンであり、オリンピック・チャンピオンである日本の羽生結弦と、ヨーロッパ・チャンピオンであるスペインのハビエル・フェルナンデスだ。もし以前、羽生を気に入っていたなら、今季の彼を見るべきだ。オーサーによると、彼は新しいプログラムをふたつ作っており、あれほど美しいものは、これまでの人生で見たことがないという。(言っておくが、彼はかなり多くのプログラムを目にしてきている)

羽生は腰痛で今シーズン序盤は休養をとっている。1週間前のフィンランディア杯を欠場したのだ。オーサーによると、どちらかというと、予防措置だという。「安全策だよ。あまり焦りたくないからね。ここぞというときに最高のコンディションでいられるようにしたいんだ」

羽生はこの夏、オリンピック・チャンピオンとして多くの責務を果たしてきた。もう少し休養が必要だったと、オーサーは考えている。彼はすべてを引き受け、多くのアイスショーに出演した。しかも、日本でのアイスショーでは、無茶でクレイジーなコンビネーション・ジャンプもやってのけた。「日本のアイスショーでは、スケーターたちがみんな、順番に出ていって、技を見せ合うんだよ」とオーサー。

そして、羽生は挑戦に尻込みするタイプではない。「彼はほんとうに意欲にあふれていて、熱心で、その熱意を瓶に詰めてとっておきたいくらいだ」とオーサー。

この夏、羽生はトロントに2、3週間しか滞在できなかったが、いまは3週間前からトロントで練習している。今回初めて、シェイ=リーン・ボーンが羽生の振り付けを担当した。フリープログラムだ。曲目は『オペラ座の怪人』で、その曲なら多くのスケーターがさんざん滑ってきたじゃないかと思うかもしれないが、しかし、それはボーンの振り付けではない。

5月にオーサーがこのプログラムの骨格を初めて見たとき、鳥肌は立たなかったそうだ。しかし、約ひと月前、羽生がボーンとふたたび合流し、集中して取り組んだとき、そこで生み出されたものに驚いたという。「信じられないほどすばらしかった。シェイ=リーン・ボーンのすべてが注ぎ込まれたプログラムに仕上がっていた」

羽生は遠慮がちで、新しく組む相手にはなかなか打ち解けないという。しかし、あるとき、羽生はボーンを信頼し、気を許すようになった。それが功を奏したのだ。

ショート・プログラムは、ジェフリー・バトルが振り付けを担当し、曲目はショパンのバラード1番を選んだ。バトルはその曲をオーサーに送り、オーサーはそれを気に入った。「いいね。だが、羽生を説得する必要がある」とオーサーはバトルに言った。

しかし、羽生もその曲が気に入った。このプログラムも、いかにもバトルらしい振り付けだ。冒頭の14秒間、羽生は目を閉じたまま、たたずんでいる。やがて彼の目が開くと、「始まりだ」とオーサーは言う。

中国杯とNHK杯では、羽生マジックに注目だ。ナムと羽生はともに中国杯に出場する。この秋は、カナダでオーサーの姿を見かけることは少ないかもしれない。グランプリシリーズ6大会のうち、5大会に同行の予定なのだから。

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「あれほど美しいものは、これまでの人生で見たことがない」!!!
ううう、楽しみで待ちきれません。

ちなみに、旗手を務めたときのオーサー・コーチです。かっこいい!
オーサー・ユニフォーム
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[ 2014/10/15 16:59 ] ブライアン・オーサー | TB(-) | CM(-)

ブライアン・オーサー・インタビュー訳(2014/7/30)"Is That A Skate Guard In Your Pocket Or Are You Happy To See Me?"

※後半、追加しました。遅くなりました……(8/4)。

オペラについての昔ながらのこんな言い回しを聞いたことがあると思います。「太ったプリマドンナが歌うまで、オペラの幕は降りない」そう、このブログも同じ……羽生選手まわりの記事を翻訳して紹介するなら、オーサー・コーチのインタビューを紹介しないわけにはいかない。

というわけで、残念ながら、羽生選手は名前しか出てきませんが、どうぞ〜♪

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Is That A Skate Guard In Your Pocket Or Are You Happy To See Me?
ブライアン・オーサー・インタビュー
ライアン・スティーブンズ著

オーサー

みんな、オペラについての昔ながらのこんな言い回しを聞いたことがあると思う。「太ったプリマドンナが歌うまで、オペラの幕は降りない」ってね。そう、このブログも同じ……ブログでカナダ月間を開催するなら、ブライアン・オーサーのインタビューなしに締めくくるわけにはいかない。そういうものだ。そもそも、ブライアン・オーサーをどう紹介すればいいのだろう? エリザベス・マンリー、ロビン・カズンズ、トーラー・クランストン、アニタ・ハートショーンとフランク・スウェイディングのように、彼はぼくがスケートをはじめるきっかけとなった、すばらしいスケーターのひとりだ。カナダ選手権のノービス・クラスで優勝、カナダ・ジュニア選手権で優勝、カナダ選手権で優勝(しかも、8回連続)。スケートカナダでは3回、優勝し、さらにオリンピックでは2個の銀メダルを獲得、1987年には世界選手権で優勝している。その後はプロに転向し、もっとも成功した評価の高いスケーターのひとりとして、20年近く演技を披露し、スターズ・オン・アイスに出演して各地を回ってきた。2007年に表舞台から身を引いて、コーチ業に転身。ふたりのオリンピック金メダリスト(キム・ヨナと羽生結弦)のコーチを務め、そのほかにも、ハビエル・フェルナンデス、クリスティーナ・ガオ、アダム・リッポン、エリック・ラドフォード、エレーネ・ゲデヴァニシヴィリ、フェドール・アンドレーエフなど、ほんとうに多くのスケーターを育ててきた。さいきんでは、ピーク・パフォーマンス・スケーティングというiPhone用スケーティング・アプリも発売! この男にできないことなんてあるのだろうか。ぼくには想像もつかない。なにより、彼はほんとうに好人物なんだ! インタビューを紹介する前に、ぼくのブライアン・オーサー物語を伝えなくちゃいけない。もう知ってるかもしれないけど。2007年のカナダ選手権が、ここ、ハリファックスで開かれたんだけど、その年にはほんとうにすばらしい演技が見られたんだ。ペアと男子フリープログラムのあいだに、ぼくがたしか、友だちのジェイソンといっしょにリンクのいちばん上の通路を歩いていると、ブライアンがそこに立っているのが見えた。だれかと立ち話をしていたものだから、(いつだって社交的な)ぼくはそのまま、彼のもとへ飛んでいって、自己紹介をした。この機会を逃してなるものかってね。そのときの対応が、これ以上ないってくらい、いい人だったものだから、ついついチケットにサインをお願いしてしまった。ごめん! だって、自分にとってのアイドルに毎日、会えるわけじゃないだろう。少なくとも、そう思ってたんだ。ブログをはじめるまでは……。ともかく、ブライアンがジェフリー・バトルといっしょに羽生結弦のショーのために日本にいるあいだに連絡をとったら、時間を割いて、インタビューに応じてくれたんだ。そのことには、いくら感謝してもしきれない。この記事、みんな、気に入ってくれると思うよ!



2回のオリンピックの銀メダリスト、1987年の世界チャンピオン、3回のスケート・カナダ・チャンピオン、8回連続のカナダ・チャンピオン。また、プロスケーターとしてスターズ・オン・アイスに出演したり、すばらしい演技を披露してきた約20年。いま、振り返ってみて、あなたのキャリアでもっとも特別な瞬間、あるいは印象的な瞬間はいつですか?

特別な瞬間か! たくさんありすぎて、むずかしいな……。1981年にハリファックスで行なわれたカナダ選手権で初優勝したのが転機で、そこから世界へと足を踏み出していった。世界選手権とオリンピックの表彰台が狙える位置にいると気づいたのは、そのときだよ。1979年のカナダ・ジュニア選手権も同じくらい大事な瞬間だ。はじめてトリプルアクセルに成功したからね。2度のオリンピック出場経験もやはり、忘れるわけにはいかない。意欲にあふれ、やる気満々で、五輪のロゴマークの入ったリンクで滑るのは誇らしかったよ。カタリナ・ビットといっしょにテレビ映画の『氷上のカルメン』に出演したのも、最高の経験だった。ちゃんと芝居をして映画製作にかかわるのは、あれがはじめてだったから。CBCのバラエティー・スペシャル番組、"Skating Free"、"Night Moves"、"Blame it On The Blues"の3本にも出演した。最初のメダルを手にしたのは、オンタリオ州サーニアだったな……たしか男子の13歳以下の部門だったと思う……あとは、1987年にシンシナティーで開かれた世界選手権で優勝したときかな。



あなたはオリンピックではじめてトリブルアクセルを跳び、ひとつのプログラムに2回のトリブルアクセルをはじめて組み込んだスケーターとして、フィギュアスケートの技術面にまさしく革命を起こしてきました。あなたが現役だったころの6.0システムと比べて、現在のISUジャッジング・システムでは、技術革新がじゅうぶんに報われるようになったと思いますか? 現在のジャッジング・システムについて、どういう面を改善すべきだと思いますか?

われわれ(コーチとして)はそのときのシステムを受け入れるしかない。コーチとしての私の仕事は、自分のスケーターにあらゆる技を身につけさせて、どんなシステムでも対応できるようにすることだ。実際、いまのシステムは気に入っている。"バランスのとれた"スケーターが報われるようになっているからね。自分もそういう訓練を受けてきたが、試合に出たら、ジャンプが振り付けの”王様”のようだった。スピンは、エッジワークやターンやつなぎと同様、二の次だった。大いなる改善が必要なのは、採点の透明性だろう。ジャッジを"守る"匿名制は、外的圧力なしに感じたまま採点できるようにするためなのだろうが、私は逆効果だと思う。



ブライアン・ボイタノ、カタリナ・ビット、エカテリーナ・ゴルデーワとセルゲイ・グリンコフ、ジェーン・トーヴィルとクリストファー・ディーンたちはみんな、1994年のリレハンメル・オリンピックで復帰しましたよね。あなたもリレハンメル・オリンピックで復帰することを考えましたか?

(笑って)30秒くらいは考えたと思うよ! いま名前の挙がった”偉大なスケーターたち”が復帰したのはとても勇敢だったと思うが、私はすでに別の方向と別の道に歩み出していて、そちらへ進んでいきたいと思ったんだ。



”The Story Of My Life”はあなたの代表作のひとつというだけでなく、当時のフィギュアのプログラムの中でもっとも感動的なもののひとつとして傑出しています。この曲とプログラムは、あなたにとってどういう意味があるんですか? また、こんなに長年、滑ってきたのは、どういうところが気に入っているからですか?

”The Story Of My Life”は母が見つけて、気に入っていた曲なんだ。母も私もニール・ダイヤモンドの大ファンでね。カルガリー・オリンピックのあと、1988年のシーズンには、この曲がぴったりだと思ったんだ。現役としての最後のシーズンだったから。1996年に母を亡くしてから、母に捧げるためにまた滑るようになった。同時に、滑ることで、つらい気持ちを乗り越えてきた。私には、スケートがなにかを感じたり、表現したりするための方法なんだ。毎晩、この曲と友だちと観客がそばについていてくれた。



また、プロスケーターに戻って、ツアーに出たり、定期的に演技を披露するつもりはないんですか?

(笑って)ないよ! もう、じゅうぶんやったし、Tシャツもたくさん持っているから!

(※ここから追記です。すみません、アプリの話はいつものように省略します)

あなたは過去にも、そしていまも、現在のフィギュアスケート界の有力選手のコーチを務めていらっしゃいますね。オリンピック金メダリストのユヅル・ハニューとキム・ヨナ、オリンピック団体戦銀メダリストのエリック・ラドフォード、ヨーロッパ選手権二連覇のハビエル・フェルナンデス、アダム・リッポン、クリスティーナ・ガオ、そのほかにも手がけてきたスケーターが多くいらっしゃいます。あなたにとって、スケーターからコーチへの転身は自然な流れでしたか? コーチとしての、あなたの「秘訣」はなんですか?

コーチ業への転身はスムーズだったが、急に降って湧いてきた話でね。突然、クリケットクラブのスケーティング部門のディレクターになってほしいと声がかかったんだ。思いもよらなかったよ。トレイシー・ウィルソンがいっしょにやってくれるのなら引き受けようと決めて、彼女がイエスと言ってくれた。あとは知ってのとおりだよ。私の最初の生徒は、韓国の15歳のジュニア・スケーターだった。名前はキム・ヨナ。もちろん、才能はあったが、残念ながらスケートへの情熱と喜びに欠けていた。私のいちばんの武器は、高いレベルで競い合ってきた経験だと思っている……身体をどう調整して臨むか。中でも、メンタル面をどう調整して臨むか。(中略)私の「秘訣」はいろいろとあるよ。メンタル面の調整に万全な準備、コミュニケーション、チームワーク、モチベーション、そして、なによりもスケーターを信じること。彼らなら、みずからの持っている可能性を存分に発揮できるとね。

過去のあらゆるスケーターの中で、好きなスケーターを3名挙げて、理由を教えてください。

ロビン・カズンズ、ステファン・ランビエール、ジャネット・リン、カート・ブラウニングだよ。だけど……いまのスケーターで好きなのは、ユヅル・ハニュー、ハビエル・フェルナンデス、ナム・グエンだ。

あなたについて、ほとんどの人が知らないだろうと思うことを、ひとつ教えてください。

若いころからメディアに出ている者なら、みんなが知らないことなんてないんじゃないかな。



世界じゅうのスケーターにひとつアドバイスをするとしたら、なんですか?

私にできるアドバイスはただひとつ、自分自身を自由に表現すべきだということだ。スケートというものの美しさを大切にして、その美しさをシンプルに表現する方法を、時間をかけて模索することだ。

さて、このブライアンへのすばらしいインタビューで、カナダ月間は終了! このブログのfacebookツイッターに載せた動画と、幸運にも行なうことができた最高のインタビューすべてと、ぼくが紐解いてきたカナダの偉大なスケート史を通して、ぼくはたくさんのことを学んできたし、みんなもそうだったらいいなと思う。きみがカナダ人であろうとなかろうと、この国が長年、このスポーツにどれだけ貢献してきたか、感心せずにはいられないはず。ぼくはこのすばらしい国でスケートをして、いまではスケートについて書く機会を与えてもらっていることを誇りに思うよ! さて、この次は? きみたちに読んでもらうために、もっとインタビューして、もっとスケート史を掘り起こして、もっとおもしろい記事を書くよ。それはなにか? 乞うご期待。いつも応援してくれてありがとう。そしてなにより……このブログのことを広めてくれてありがとう!

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いま、好きなスケーターは、羽生選手にハビエル選手にナム選手って……どれだけ愛情深いコーチなんでしょう。そして、オーサー・コーチが特別な瞬間のひとつとして挙げている、CBCのバラエティー・スペシャル番組、"Skating Free"の中の"The Story Of My Life"の演技にじーん(泣)。いつのまにか、オーサー・コーチのファンにもなっている自分に気づきます……。

そうそう、absolute skatingのカート・ブラウニング氏のインタビューにも、羽生選手の名前が出ていますね。

「いま、あなたがインスパイアされているスケーターは誰ですか?」という質問に対して、テッサとスコット、ジョアニー・ロシェットの名前を出したあとで、

「そのほか、誰にインスパイアされているかというと、ジャンプで言うなら、ほんとうにたくさんいるよ。私はユヅ(ル・ハニュー)の大ファンなんだ。ユヅとパトリックとハビ。この3人はもう、ほんとうにすごいよ」

続いて、芸術面ではシェイ=リーン・ボーン、振り付けではジェフリー・バトルの名前を挙げています。

さあ、これでしばらくは英語のニュースはない……ですよね?
あってほしいような、ないとほっとするような……^^;。

そうそう、前回の記事に書いたガス・ストーブですが、いろんな方から反響がありました。
結果、全員一致で「しまわなくていい!」。
というわけで、いまだにでんと置かれたままになっているのでした……。

注:ナム選手の苗字は「ニューエン」と読むそうですが、日本の活字媒体ではグエン表記になっているため、こちらではそれで統一しています。Fantasy On Ice富山公演のテレビ放送でも、アナウンスでは「ニューエン」、字幕では「グエン」になっていたようです。アメリカのルーズベルト元大統領も、原音ではローズベルトのほうが近いのですが、ルーズベルト表記のほうが多いように見受けられますし、なかなかむずかしい問題です。
[ 2014/07/31 00:43 ] ブライアン・オーサー | TB(-) | CM(-)

スケートカナダがブライアン・オーサー・コーチに最優秀コーチ賞を授与(2014/6/2)

羽生選手、ついに帰国しましたね。
きのうの朝、起きたときからおかしいと思ったんですよ。
だって……

空気が甘い!
世界が輝いている!

急に世界が明るくなったなあ、ふしぎだなあと。
これで納得です。

さて、きょうはブライアン・オーサー・コーチがスケートカナダで表彰されたことだけ、お知らせしておきます。オーサー・コーチは授賞式には出席していないようですけど。

スケートカナダが2014年度功労賞授与式で功績を挙げた人物を称える
2014年6月2日

スケートカナダ

オンタリオ州オタワ:スケートカナダはケベック州ケベック市で、先週末、年次総会(ACGM)とカナダ・コーチ連盟(NCC)で功労者に賞を授与した。

先週の金曜の夜に、受賞者は毎年恒例の表彰式で賞を授与された。プレゼンターは、オリンピック銀メダリストのメーガン・ダーメル&エリック・ラドフォード、世界選手権銀メダリストのケイトリン・ウィーバー&アンドリュー・ポジェ、クリステン・ローリッツ、世界シンクロナイズド・スケーティング選手権の銀メダルチーム、ネクシスのキャプテンなど、多岐にわたっている。

スケートカナダ・ナショナル・アワーズ・プログラムは、時間を費やしてカナダのスケートの質向上に貢献した、スケート界の献身的な人物の栄誉を称えるものである。

2013-14の受賞者は以下のとおり。
スケートカナダ最優秀コーチ賞 クラブ&レクリエーション部門
リンダ・トンプソン、ハミルトン・スケーティング・クラブ(西オンタリオ地区)

スケートカナダ最優秀コーチ賞 競技部門
ブライアン・オーサー、トロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブ(中央オンタリオ地区)

(以下、略)

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オーサー・コーチも、一躍、時の人ですね!
当然ですけど。
そういえば、こんな写真もツイッターにアップされていましたね。

ブライアン金メダル

「ブライアンに金メダル、最高に似合っているよ!」

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ところで、宮城ふるさとプラザでの羽生選手の写真展ですが。

その後、足を運ばれた方のレポによると、「ノーモア・パトラッシュ」を合言葉になんとか心を強くもって写真を見終え、よし、これでぶじに帰れると振り返った瞬間、羽生選手の特大ポスターが目に入る……というトラップが仕掛けられていて、生還が危ういそうです。
これから行かれる方、ご武運を!

……ちなみに、私、このポスターの記憶、まっっっったくありませんっ。
きっと、あの日はなかったんですよ。
うんうん、そうにちがいない、まちがいない、ぜったいそうだ、うんうん……。
[ 2014/06/03 08:24 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(27)

the star.com記事訳『ブライアン・オーサーがソチでのパトリック・チャンの痛みに共感』(2014.2.14)

きょうは、cocoのお悩み相談コーナーからはじめたいと思います。
前回の記事にコメントをくださった、たけのこさんからのご相談です。

羽生くんが大好きすぎて、
毎日毎日動画ばっかりみています。
仕事と食事と睡眠以外はずっっとです。
何時間も・・・

なんにも他のことが手につかず、もはや悩んですらいます(汗)

ああ……その気持ち、よくわかります。
みなさんもおわかりですよね?
(わかる方、パソコンの前で、うんうんとうなずいてください)
動画を見はじめると、やめられないんですよね……。

が、しかし。
このコメントから察するかぎり、たけのこさんは「仕事」「食事」「睡眠」この3つは確保していらっしゃる。
そう考えていいですね?

だとしたら……
すばらしいです!

だって、この3つさえ確保されていれば、ほかはどうでもよくありませんか?(えっ?)
そんなたけのこさんは、廃人度レベル1
ご安心ください!
いつでもまっとうな人間に戻れます。

しかし、それが悪化すると、まず侵食されるのが「睡眠」。
眠る間を惜しんで、動画や情報を漁らずにいられなくなります。
そういう方は、廃人度レベル2
そろそろ危険信号が点灯しはじめます。

その次にあやしくなるのが「食事」。
眠るだけでなく、食べる時間と手間まで惜しむようになると、危険です。
(※ごくたまに、食べたことを忘れるという大技を繰り出す輩がいるようですが、それは単なるヤバイ人です)
こうなると、廃人度レベル3
いますぐパソコンやスマホの電源を切って、なにか食べて、眠ってください。
どうせ、このあともたいしたことは書いてありません。
読まなくてもなんの損もありませんから!(キッパリ)

そして、最後の砦である「仕事」。
これは仕事でも、家事でも、母親業でも、同じです。
だれにも代わってもらえない、自分がするしかない仕事。
寝食に続いて、ここまであやしくなってきたら、
廃人度レベルはマックスの4
ここまで来ると、人間としてはぎりぎり最低のラインですね。
そういう方は……






はーーーい、cocoのいる世界へようこそ!!!
お仲間、いつでも大歓迎ですっ!

そんなわけで、廃人度レベル・マックス4を振り切り中のcocoが、リリィさんのリクエスト・シリーズ第4弾の記事、"Brian Orser feels Patrick Chan's pain in Sochi"をご紹介します! ソチ・オリンピック直後の記事です。

※この記事を載せているthe star.comはカナダ最大の日刊紙、The Tronto Starのサイトのため、カナダ寄りの記事になっています。あらかじめ、ご了承ください。

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ブライアン・オーサーがソチでのパトリック・チャンの痛みに共感
ロージー・ディマーノ著
2014年2月14日

オリンピックで2度の銀メダルに輝いたカナダ人のオーサーが日本の羽生結弦を指導し、フィギュアスケート男子シングルでチャンを破り、金メダルを獲得させる
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オリンピックのフリープログラム後の日本の羽生結弦とブライアン・オーサー・コーチ
エイドリアン・デニス撮影(AFP/Getty images)

ロシア、ソチ――パトリック・チャンの気持ちが手に取るようにわかる男が、アイスバーグ・スケーティング・パレスにひとりいる。

ブライアン・オーサー。彼はチャンと同じく、悔やんでも悔やみきれない経験をしている。まったく同じ順位――彼自身もふくめて、だれもが金メダルを期待しているときに、オリンピックの表彰台で2位という順位に終わったのだ。

実際、7年連続でカナダ・チャンピオンとなったオーサーには、それが2回起きている。1984年のサラエボ・オリンピック、そして1988年のカルガリー・オリンピック。カルガリーの開会式では、カナダの旗手も務めている。

「フィギュアスケートはカナダのスポーツだ」オーサーが金曜の深夜に話してくれた。チャンがいまにもつかめそうな金メダルを逃したあとのことだ。「すばらしい男子の選手があれだけ、いたことを思うと……」

そう言って、次々に名前を挙げていった。カート・ブラウニング、エルヴィス・ストイコ、ジェフ・バトル、ドン・ジャクソン。

「このうち、だれひとりとして優勝していない。私も含めて」

もっとも重要な大会である、冬季オリンピックではだれも優勝していないのだ。オリンピックの男子フィギュアスケートでカナダが獲得してきたのは、5個の銀メダル。そのうちの2個はオーサーによるものだ。

「呪いと呼ばれるのは嫌いなんだ。呪いなんかじゃない。ただ、獲れなかっただけだ」

いま、オーサーは天才コーチとして男子シングルの金メダルを獲得した。10代の教え子である羽生結弦が、金曜にフィギュアスケート男子シングルで、ディック・バトンに続く、史上2番めに若い金メダリストに輝いたのだ。

羽生は12月に19歳になった。彼は日本のフィギュアスケート男子シングル部門で初の金メダリストである。

もし、チャンやほかの選手がオーサーを自分の陣営にかかえていたら、結果はちがったかもしれない。4年前のバンクーバーでも、オーサーは韓国のキム・ヨナに金メダルを獲得させ、栄誉をもたらすのに一役買っている(その後、ふたりは師弟関係を解消)。オーサーがスケーターのキャリアを指揮して、その世界の頂点を極めさせるマエストロであることは、これで証明された。

しかし、残念ながら、彼はそれをカナダのために行なったわけではない。

金曜に試合が終わったあと、オーサーは失意のチャンを探した。「自分のスケーターにハグしたときよりも、パトリックをハグしたときのほうがこみあげるものがあったよ。彼のことが気がかりでね」

「複雑な心境だよ」

男子が4回転を跳びはじめる前、ミスター・トリプルアクセルとして知られていたオーサーは、サラエボ・オリンピックで、アメリカのスコット・ハミルトンに金メダルを奪われた。最初の種目――のちに廃止となった、氷上に正確な図形を淡々と描くコンパルソリー・フィギュアで出遅れたというだけの理由からだ。カルガリー・オリンピックは、ブライアン・オーサー対アメリカのブライアン・ボイタノという、ブライアン対決で知られている。オーサーは2シーズン連続で無敗の状態でオリンピックにのぞんだにもかかわらず、わずか0.1点差で金メダルを逃した。

押しつぶされそうなまでの失望を乗り越えるには長い歳月を要した。だから、この先、なにがチャンを待っているのか、オーサーにはわかっている。

「彼も同じ思いを味わうことになるだろう。だれも私にはなにも言わなかった。ひとりで乗り越えるしかなかったし、それには長い時間がかかった。私の場合、それが2回あったからね。しかも、母国開催のオリンピックで」

「彼がどうするつもりなのかはわからない。ただ、彼にハグをした。私にできるのはそれだけだ」

オーサーはコーチ陣の中でも、もっとも生き生きとしたコーチだ。選手と同じように滑るまねをして、ジャンプのときには飛び上がり、スピンでは体をひねって片足を上げる。

フリー・プログラムでは、羽生はチャンの直前に滑ったが、いつもの精彩を欠いていた。4回転で転倒し、3回転フリップでふたたび転倒。得点は178.64で、合計280.09点だった。木曜夜のショート・プログラムでは世界記録を更新し、史上初の100点超えを達成して、チャンに3.93点の差をつけてのぞんだ、フリー・プログラムだった。

演技が終わったときのオーサーの表情は厳しかった。

「ドアが大きく開け放たれたのはわかっていた」

チャンが羽生の演技を見ていたかどうかはわからないというが、羽生の得点が発表されたとき、チャンはリンクにいた。

「裏にいても、(スケーターが転倒したときに)観客が声をあげるのが聞こえる。ミスをすれば、それでわかる。しかも、(羽生は)2回ミスをしたからね。だからといって、戦略を変えることはできない。それでも、全力を注ぐしかない」

羽生をせかすようにしてキス&クライから連れ出すと、オーサーはモニターでチャンの演技を確認するのを忘れなかった。同時に、もうひとりのスケーター、スペインのハビエル・フェルナンデスに集中した。フェルナンデスは、オーサーが2005年からスケーティング・ディレクターを務める、トロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブに所属している。フェルナンデスはショート・プログラムを終えた時点で3位だったが、フリー・プログラムでミスをしてメダルを逃した。昨年、オーサーの指導のもと、フェルナンデスは世界選手権の銅メダルを獲得している。

「自分のスケーターふたりが表彰台に乗る場面をずっと想像してきたんだ。毎日11時11分になると、目を閉じて、その光景を思い浮かべる。何か月もそうしてきた。うちの子がふたりそろって表彰台に乗れたら、最高だっただろう。スペインにとっても、そうだったはずだ」

オーサーは試合前の羽生の落ち着かないようすに驚いたという。この10代の青年はふだんはひと一倍、冷静沈着なのだ。「彼が緊張感に呑み込まれているのを見て、ほんとうに驚いたよ」

しかし、オーサーは同じ状況で自分が抱えていた不安を思い出した。「大きな重圧がかかるんだ。プレッシャーを感じない者などいない」

羽生が勝利をおさめたフリー・プログラムはカナダ人のデヴィッド・ウィルソンによる振り付けで、ショート・プログラムはバトルによる振り付けだ。だから、この金メダルにはカナダの要素が多く含まれていることになる。

他国のスケーターに叡智を授けるのは一種の裏切り行為だとささやく者もいるが、オーサーはそういった非難の声をきっぱりとはねつけた。彼はくり返し強調した。「私の仕事はチャンピオンを生み出すことだ。国籍は関係ない」

金曜の夜には、次はペアとアイスダンスでオリンピック・チャンピオンを誕生させるのかとからかわれた。男子シングルと女子シングルでは、すでにそれを達成したからだ。

「メダルの数を増やしたくてやっているわけじゃない。ここでのメダルは勘定に入らない。私には自分でメダルを獲得する機会があったし、いまはフィギュアスケートを教える立場だ。私のもとにやってくるスケーターがいて、本人や連盟から連絡が入り、もしそのスケーターが私たちのしていることを受け入れて、熱心に辛抱強く取り組む意欲があり、状況が許すのなら、私はそれを仕事として引き受ける」

その仕事の出来は上々だ。たとえ、それがカナダに持ち帰る金メダルでないとしても。その金メダルは日本へと届けられる。

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"two of my kids"=「うちの子ふたり」
やっぱり、オーサー・コーチは愛情深いパパでした!
そして、毎日11時11分というのは1並びだから?
羽生選手のことを「縁起をかつぐタイプ」と言っていたオーサー・コーチですが、おんなじなんですね。

それより、私の記事より、みなさんのコメントのほうがおもしろいってどういうことですかっ。
けしからんっ!(笑)
[ 2014/05/19 21:27 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(45)

Absolute Skating記事訳:ブライアン・オーサー「ユヅルとハビはちがうタイプだが、互いを助けあっている」(2014/5/15)

Absolute Skatingの記事をご紹介します。
5/15付けの記事ですが、インタビュー自体は世界ジュニア選手権が行われた3月中旬ごろのものだと思われますので、世界選手権のはじまる前の内容です。

※いつもの前振りは記事のあとにつけました(だから、いらないって)。

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Absolute Skating記事
ブライアン・オーサー「ユヅルとハビはちがうタイプだが、互いを助けあっている」
2014年5月15日
ベネッタ・ヤネヴァ著
アンドリアナ・アンドリーヴァ撮影

現役時代にスケーターとして成功しただけでなく、コーチとしても成功しているブライアン・オーサーが、すばらしい弟子たちと彼らとの関係について語る。

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ブライアン・オーサーが「今年の最優秀コーチ」という栄誉を与えられることに異論を唱える者はいないだろう。彼が指導するスケーターは今シーズン、すばらしい結果を残している。日本の羽生結弦がオリンピックと世界選手権で金メダルを獲得し、スペインのハビエル・フェルナンデスがヨーロッパ選手権の金メダルを連続で獲得、世界選手権では銅メダルに輝いた。そして若きカナダのナム・グエンはシニアのデビュー戦で成功をおさめ、世界ジュニア選手権で優勝した。ブルガリアのソフィアで、ブライアンは今シーズンを振り返った感想と彼のトップクラスの弟子のちがいについて、インタビューに気さくに応じてくれた。

ミスター・オーサー、まさかあなたと世界ジュニア選手権でお会いできるとは思いませんでした。

指導するスケーターが世界ジュニア選手権を経験できるのは、いつでもうれしいものだよ。ほかのスケーターが出場したときや、1978年に自分が出場したときの経験から、世界ジュニア選手権にはいい思い出があるんだ。自分が大きな大会に出ているのを実感したのは、そのときがはじめてだったからね。その後、オリンピックに焦点を定めて、大きな目標を夢見るようになったんだ。

あなたは今回、出場しているふたりの少女のコーチを務めていらっしゃるんですよね。ふたりについて教えてください。

ふたりにとって、これがはじめての世界ジュニア選手権だ。年齢的に出場資格があるし、いい経験になるからね。ひとりは南アフリカの少女で3〜4シーズン前から指導している(ミカエラ・ドゥ・トイト)。もうひとりはカザフスタン出身の子だ(エリザベート・トゥルシンバエワ)。彼女は去年の春にトロントに来ようとしたんだが、ビザがおりなくて、カナダに来るのに半年かかってしまった。それからいっしょにいたのは4か月だから、準備が遅れてしまったが、いまでも学んでいる最中だ。彼女には過去の習慣が染み付いてしまっているから、徐々に変えていかなきゃいけない。練習習慣、技術的な癖、演技の癖をね。取り組むべきことがたくさんあるよ。

ナムのコーチはいつから務めていらっしゃるんですか? あの年齢でいい成績を残していますよね。

ちょうど2年前からだね。幼いときの彼は本物のスーパースターだった。8歳のときも、10歳のときも。キュートな魅力をふりまいていたよ。キュートだったね。若くて、スピンが速くて。だから、改めてナムを指導することになったとき、変えなければならない習慣がたくさんあった。キュートな要素から脱皮する必要があった。それが通用するのは短いあいだだけだからね。これからは自分より年上の人間と競い、同じレベルにならなきゃいけない。シニアの試合に目を向けて、もっと大きなジャンプ、速いスピードを目指さなきゃいけない。ジュニアのレベルから抜け出せないスケーターもいる。それまではゆっくりだったのが、急にシニアのレベルに放りこまれて、自分がどれだけ遅かったかに気づくんだ。だから、ナムにはいい機会になったよ。四大陸選手権に出場したのがね。そこで、彼はシニアのスケーターがもっと速くて、空間全体を使って演技していることを実感したんだ。むずかしい技をこなして、だれもがトリプルアクセルを跳んでいるだけでなく、空間全体を使って表現している。別のコーチといっしょに四大陸選手権に出場したあと、彼はトロントに戻って、それに向けたトレーニングをはじめた。大きな演技をするようになったんだ。それに、彼は毎日、ユヅル・ハニューやハビエル・フェルナンデスといっしょに滑っている。いっしょに滑りながら、同時にこれからは彼らと競おうとしている。空間全体を使って表現をして、速いスケーティングができれば、そのスケーターの準備は整ったことになる。そして、いまのナムはそれが整っているんだ。

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世界ジュニア選手権と世界選手権の両方に出場するのは、彼にとっていいことだと思いますか?

苦労はするだろうね。世界選手権から声がかかったときには「やったな」と言ったよ。彼はとても興奮していたが、世界ジュニア選手権に集中するように言った。彼は若いし、練習もしっかりする。調子もいいし、この勢いを失いたくない。それに、世界選手権への出場は彼の役に立つだろう。彼はこれからトロントに戻って、4日間、むこうに滞在して、ユヅルとハビと合流する予定だ。これからシニア向けのフリープログラムを練習しなければいけない。30秒長いからね。だが、彼はカナダ選手権にも四大陸選手権にも出場してきた。彼にとって、シニアのプログラムに移行するのはそれほど大変ではないだろう。ジャンプのあいだに休める時間が増えるわけだからね。日本で行われる世界選手権では、目標を定めているんだ。ショートプログラムとフリープログラムで、いい演技をする。上位15位はじゅうぶん狙えると思っている。ここ、世界ジュニア選手権でいい結果を出したことが、そこでも生きてくるだろう。

ソチではユヅルが金メダル、ハビが4位と複雑な心境だったんじゃないですか?

オリンピックに複数の弟子を出場させることができるなんてすばらしいよ。キス&クライでは、ユヅルがベストの演技ができなかったから、結果を待つしかなかった。その後、パトリック・チャンもベストの演技ができなかったから、ユヅルが優勝した。その週は、ユヅルがいちばんのスケーターだった。そのことに疑問の余地はない。彼はあのとき最高のスケーターで、オリンピック・チャンピオンとしてその週を終えた。いまは彼にとって特別な瞬間で、彼も喜んでいるよ。だから、世界選手権に出場してまた滑りたい、フリープログラムに集中したいと言っている。ハビにはつらかったね。技術点の問題だ。フリープログラムで判断をあやまった。ルールをどれだけ理解しようとしても、それでも混乱して、ちょっとしたことで変わってくる。4回転が3回転になり、そのほかに複数の3回転トゥループやサルコウやコンビネーション等もあって、彼は混乱してしまったんだ。残念なことに、3番目にすばらしいスケーターが4位になってしまった。私はこのふたりのことを心から誇りに思っている。ふたりはソチに残ってエキシビションに出場したから、ソチで1週間練習して、その後、トロントに戻ってきた。ユヅルは日本に帰国して、マスコミの祝福を受けた。すばらしいことだよ。だけど、世界選手権前の10日間はトロントに戻って、ふたりとも猛練習をする予定だ。ふたりにはそれだけのエネルギーが残っている。自分がスケーターだったから、オリンピック後の世界選手権に向けて準備するのがどれだけ大変か、わかっているよ。

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カナダ出身の強敵がいる状態で、このふたりをオリンピックに連れていくのは大変なことでしたか?

もっともすぐれた人間、もっともすぐれたスケーターが優勝してくれれば、私は幸せだ。もっともすぐれた者が優勝すれば、それでいい。たとえ、それがパトリックでも、ユヅルでも、ハビでもね。私はただ、自分の仕事をするだけだ。私はこのふたりとその連盟からコーチを頼まれた。だから、自分の仕事をする。それに、カナダのアスリートからは声がかかっていないからね。ナムだけだよ。

あなたの弟子たち、ユヅル、ハビ、ナムはそれぞれ特別なものを持っていますよね。そのことについて、聞かせてもらえますか?

言葉にするのはむずかしいな。オリンピック・チャンピオンや世界チャンピオンはみな、特別なものをもっている。ユヅルとハビはまったくちがうタイプだ。ユヅルは母親と暮らし、とても規則正しい生活をして、まだ学生でもある。彼らにとって、教育はとても重要だからね。人付き合いが多いほうではないし、それほど社交的でもない。ハビエルはその反対だ。彼はひとり暮らしで、アパートメントに住み、ガールフレンドがいる。自分で料理をするし、掃除もするし、とても社交的だ。それが彼にはいい方向に働いている。日本の文化とスペインの文化はちがう。彼らは互いに助けあっているから、私もやりやすいんだ。ふたりは互いを敬い、尊敬している。これ以上の関係があるかい? 私はただ、コーチとして、彼らを注意深く見てやり、そのボディ・ランゲージを読めばいい。そのふたつなら私にできるからね。ハビにもっと時間をかけてやらないと、と思うときもあるし、ユヅルに対してそう思うときもある。そして、ふたりはそれを理解しているんだ。

あなたの仲間のコーチ陣について教えてください。

4〜5人のコーチといっしょに教えているよ。ひとりはスピンの専門家で、彼女はすばらしいんだ。スピンを教えられるだけでなく、レベルを理解しているから、すべてのスピンでレベル4を目指せる。トレーシー・ウィルソンもいて、彼女は技術的にすぐれている。基本的なスケーティング技術に多くの時間を費やすんだよ。どこから力を持ってくるかとか、どういう姿勢なら無駄なくさらに力をこめられるかとか。デヴィッド・ウィルソンはプログラム担当だ。プログラムができあがると、トレーシーがそれを美しく、バランスのとれたものになるように、つなぎの部分にとりかかる。彼女の基礎があってこそ、振り付けがこなせて、大きなジャンプが跳べる。私はほぼ、ひととおり、かかわっている感じかな。つなぎとか、技術とか、ジャンプとかにしっかり時間をかけているよ。

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いまもジャンプできますか?

(笑って)むりだね。この体じゃできないよ。

ユヅルはいつもウィニー・ザ・プーのティッシュケースといっしょで、ハビはミッキーマウスのティッシュケースといっしょですが、そこになにか意味はあるんですか?

知らないよ! ユヅルはかなり縁起をかつぐタイプだから、あれもそのひとつじゃないかな。オリンピックには持ちこんでいなかったが、理由は聞かずに好きにさせたよ。

カナダの男子スケーターはオリンピックで縁起がわるいんでしょうか?

どうかな。カナダは偉大なスケーターを数多く輩出してきた。まず、1970年代にはドナルド・ナイトとトーラー・クランストンがいた。コンパリソリーがあるころには、トーラー・クランストンはもっともすぐれたスケーターのひとりだった。その後、私が出てきて、カート・ブラウニング、エルヴィス・ストイコ、ジェフ・バトル、パトリック・チャンと続く。世界選手権のメダリストが数多くいて、そのうちの何人かは複数のメダルを獲得している。オリンピックでどうなのかはわからない。たまたまオリンピックがそれぞれのピークに重ならなかったんだろう。パトリックがそうだ。2010年のバンクーバー・オリンピックでは、惜しかった。しかし、次のオリンピックとなると、ほかの選手にとっても、パトリックにとっても遅すぎたんだと思う。パトリックにはおそらく半年遅かった。オリンピックが半年前に行われていたら、結果はちがったかもしれない。パリでの彼のすばらしい演技を思い出してほしい。ジェフはオリンピックのメダルを獲得して、世界チャンピオンになり、それで満足した。私の最初のオリンピック(1984年のサラエボ)はましだったよ。コンパリソリーがあって、私には有利だったからね。1988年(カルガリー)のオリンピックはとてもきつかった。体力的にかなり疲れたよ。1987年に世界チャンピオンになったあと、カルガリーではオリンピック・チャンピオンになるためだけに出場した。自分ではそのつもりだったから、ショックだったよ(ブライアンはどちらのオリンピックでも銀メダルを獲得している)。

いまは、自分が練習してきたころとはちがう方法で教えている。自分のころは猛特訓を積んで、コーチを務めているいまより要領が悪かった。自分の失敗から学んだんだ。

来シーズンは、ちがうハビとユヅルが見られるんでしょうか? ふたりのスタイルを変える計画はありますか?

ああ。ボーカル入りの曲を使おうと思っている。すでにハビのショートプログラムの曲は選んであって、フリーはこれからだ。彼の曲を選ぶのはいつも簡単なんだよ。ユヅルは別だ。彼には得意分野でないものを考えている。型にはまったスケーターになってほしくないからね。それには彼はまだ若すぎる。ショートは2シーズン連続で同じプログラムだったから、来季はそれを変えないと。フリーでも実験しようと思っているよ。

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新しいプロ! 楽しみですねー。

と、ここまではふつうのブログ。


……………………………………切 り 取 り 線………………………………………


はい、ここからは、いつものcocoブログ。

おかげさまで屍からは復活しました。
というわけで、いまや、ただのゾンビです。
もう心臓動いてないから、なにがあろうとAEDも不要です。
(akiさん、長いあいだ、AED係としてお世話になりました!)
ふれあいだろうが、白T&ジーンズだろうが、どーんと来い!
えっ? もうない? あれれ? がーん……。

冗談はともかく。
実は、前回の記事のコメント欄で衝撃の事実が判明いたしました。
以下は、一部始終を見てらした、みーこさんの目撃談です。


実は我らがcocoさん、今はとある病院の集中治療室にいらっしゃるんです。
cocさんは八戸ふれあいタイムで、間近での「きらきら」で、心肺停止。
「あのAED」のおかげで奇跡的に蘇生。救急車に乗せられ…
羽生選手もたいそう心配し病院にお見舞いに行かれたとか。
なんとか意識を取り戻してもらおうと、投げkiss、頭なでなで等、彼も必死。
ここで急に白雪姫の童話を思い出し、王子様のリアルkissで目覚めるのではと 行為に及ぼうとしたのですが、すんでのところで医師(女医)が「ああっ、本当に召されてしまう~」と止めに入ったとか。

今は「なんでもいいからどこかで羽生選手、見られないかなあ、あばれちゃうよもう」などと、うわごとを繰り返すまでに回復の兆候がみられるとか。


な、なんと!
そういうことだったんですね!
この女医を締めあげなきゃ、という厳然たる事実は別として、
どうも現実感がないと思っていました。
ごはん食べてるようで食べてないような、眠ってるようで、眠ってないような。
それなら、納得です。

ん?
いや、もしかすると、ほんとうはSOIの白T&ジーンズの「にこっ」以来、眠りつづけているのかも。
八戸に行ったことも、ふれあいに参加したことも、ももも、もしかしたら全部、夢……?
あのぼけぼけ写真は、実は念写……?


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念写証拠例その1


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念写証拠例その2

うわあああ、やっぱり、念写だわ!!!

ゆかさんに「その天才的な撮影の腕前を活かす道がどこかにあるにちがいありません」とおっしゃっていただいたとき、「心霊写真捏造系でしょうか」と答えた私ですが、正解は念写でした!

えっと、どこかに需要……ありますかね……?
[ 2014/05/16 10:21 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(47)
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