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羽生結弦選手をひとことで表すなら。

きょう、仕事再開にあたっての打ち合わせで、
昔の仕事仲間とひさしぶりに顔を合わせました。
そのうちのひとりとは、もともと大の仲良しだったのですが、
いったん疎遠になると、連絡をとることもなく、
何年もたってしまっていました。
相手が男性だからというのもあるかもしれません。

でも、いったん顔を合わせると、距離感はぜんぜん変わらなくて。
打ち合わせのあと、お茶に誘って、しばらくしゃべりました。

大学の同窓会とかでもそうですけど、
こういうときって、必ず「cocoさん、昔、こんなこと言ってたよね」
「あのとき、あんなことしたよね」と恥ずかしい話が次々に暴露されて、
いたたまれなくなる私(ろくな人間じゃなかったな……^^;)。
自分ではすっかり忘れていることも、周囲の人はなぜかしっかりおぼえていて、きょうも赤面しどおしだったのですが。

1日、羽生選手のことから離れていたせいで、
彼の話をしたくてたまらない私。
つい「いま、はまってる人がいるんだ」と口に出してしまいました。
「ふーん。だれ?」ときかれたとき、
さあ、私がなんて答えたと思います?


「えっと……知ってるかなあ。

フィギュアスケートの選手で……あの……美しい人」



大事なことなので、もう一度、言います。





「あの……美しい人」

美しい人




ぎゃあああああ。
マジでそう言ってました。
私。
し、しんじられない……恥ずかしい……。
昔の赤面話の百万倍、恥ずかしい!
穴掘って、埋まって、死んでしまいたい!

だけど、彼の返答が冴えてました。
にやっとして、
「ああ、"はぶ"ね」

あー、こういう人だから仲良しだったんだなあと思いました。
穴掘って、埋まって、死なずにすみました。

そのあと、「この前、八戸まで行っちゃったんだ。来月は仙台行くの」と打ち明けると、「子どもみたいだなあ」と笑われました。

彼のご両親がフィギュアスケート好きで、
ソチも世界選手権もなんとなくいっしょに観ていて、
「羽生選手はいつも、次の滑走がハビエル選手だから、キスクラにオーサー・コーチがいてくれないんだよな」とか、話を合わせてくれてうれしかった!
「ねえねえ、じゃあ、今度、アイスショーいっしょに行こうよ」と誘ったら、
さすがに断られましたが(笑)。

というわけで、きょうも廃人っぷりを大いに発揮して帰ってきたcocoでした。
オマケもなんにもなくて、ごめんなさい!
おやすみなさーい!
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羽生結弦選手のエキシビション・ナンバー ”Hello I Love You”歌詞&訳詞

みなさま、こんばんは♪

前回の記事に書いたとおり、廃人化が進むにつれて、スルー能力ばかりが日々、増強されていく私。
自分でも気づいていましたが、家族が夢に見るほどだったとは……驚きです。
こうなったら『スルーのすすめ』という本でも書きますか。

『スルーのすすめ』 coco著

家族になろうよ2

有名人にもアイドルにも興味がなかったというcocoが、
だれよりも強く、だれよりも儚く、だれよりも美しい天才フィギュアスケーター、羽生結弦という存在に出会い、世界が一変。
その笑顔を見ては意識を失い、その演技を見ては心肺停止に陥り、
気づくと、寝食を忘れて、廃人状態に。
いまや、廃人マックスのレベル4を振り切り、他の追随を許さないまでに急成長。

そんなcocoが、“空気を読むこと”を美徳とするこの日本で、廃人のまま、生き延びていくにはなにが必要かを説く、この1冊。
それは「スルー」力。
現代のストレス社会を生き抜くヒントにもなる、必読書である


……じゃなくて。

さすがに反省した私。
家族オススメの映画を観てきました!
ほんとうにくだらなくて(←これ、褒め言葉)、とってもおもしろかったです。
で、帰宅してから、心から楽しめたことを、ここぞとばかりにアピール。
あの登場人物はどうの、あの役者はどうの、
このシーンはもしかしたらあの映画へのオマージュか、などと
しばらく議論。
努力の甲斐あって、喜んでくれた模様。
これで、しばらくは動画漬け生活もOKだわ、しめしめ、と心の中でガッツポーズをしていたら。


「そんなに気に入ったなら、これ、今回の3部作の第1作だから、見れば」とDVDが差し出されました。

なにげなくジャケットを見たら
なんと……
それは……





ゾンビ映画!!!


ぎゃっ。
八戸で心臓が止まって、ゾンビになったの、
もしかしてバレてた?
さすがに家族はだましきれなかった?
ゾンビがゾンビ映画を見るって、それは一種の……



共食い!!!???

それはさすがにまずいでしょ。

「ゾンビは苦手〜」と必死で抵抗したのですが、
「いや、これゾンビだけど、ゾンビっぽくないから」という、わけのわからない返答が。
いや、ほんと、ゾンビ、苦手なんですけど。
それ以上に2時間も映画見る暇があったら、
羽生選手の足跡をたどる旅に出たいんですけど。



ほんとに観なきゃダメですかあああああああ!!!???(涙目)



というわけで、きょうはパンツだけです。
でも、『スルーのすすめ』の別冊付録を以下につけておきます。
ずっと前に訳してあったのですが、需要ないわ、これ、とボツにした企画。
まあ、付録ならいいでしょ、ということでくっつけておきます。


………………………………………付 録………………………………………

羽生選手のあの伝説のEX、Doors ”Hello I Love You”の歌詞&訳詞です。実際のEXでは曲が編集されていて、サビ部分を何度もくり返していますし、歌詞も一部、省略されています。歌詞は聴く人によって解釈がまったく変わってきますので、あくまでも私の解釈ということで、ご了承ください。原曲はこちら




“Hello, I Love You”

Hello, I love you
Won't you tell me your name?
Hello, I love you
Let me jump in your game

Hello, I love you
Won't you tell me your name?
Hello, I love you
Let me jump in your game

She's walking down the street
Blind to every eye she meets
Do you think you'll be the guy
To make the queen of the angels sigh?

Hello, I love you
Won't you tell me your name?
Hello, I love you
Let me jump in your game
Hello, I love you
Won't you tell me your name?
Hello, I love you
Let me jump in your game

She holds her head so high
Like a statue in the sky
Her arms are wicked, and her legs are long
When she moves my brain screams out this song

Sidewalk crouches at her feet
Like a dog that begs for something sweet
Do you hope to make her see, you fool?
Do you hope to pluck this dusky jewel?

Hello, Hello, Hello, Hello, Hello, Hello, Hello
I want you
Hello
I need my baby
Hello, Hello, Hello, Hello

『ハロー アイラブユー』

ハロー 愛してるよ 名前を教えてくれない?
ハロー 愛してるよ きみの争奪戦に飛び入りしたいんだ
ハロー 愛してるよ 名前を教えてくれない?
ハロー 愛してるよ きみの争奪戦に飛び入りしたいんだ

彼女は街を歩きながら
だれと目があったって 鼻も引っかけない
自分なら天使の女王にため息をつかせることができるって
思ってるのか?

ハロー 愛してるよ 名前を教えてくれない?
ハロー 愛してるよ きみの争奪戦に飛び入りさせてほしい
ハロー 愛してるよ 名前を教えてくれない?
ハロー 愛してるよ きみの争奪戦に飛び入りさせてほしい

彼女はあごをつんとそびやかす
空中にそびえる彫像のよう
美しい腕 長い脚
彼女が動くと ぼくの脳はこの歌を叫びだす
歩道で彼女の足元にひれ伏すよ
甘いものをねだる犬のように

彼女に目をとめてもらいたいのかい? ありえないって
このくすんだ宝石を拾いあげてくれるなんて
ハロー ハロー ハロー ハロー ハロー ハロー ハロー
きみがほしい
ハロー
きみが必要なんだ
ハロー ハロー ハロー ハロー

ーーーーーーーーーーーーーー付録終わりーーーーーーーーーーーーー

きょう、友だちにひさしぶりに会ったので、
「さいきん、羽生選手にはまってて……」と思い切って告白すると、
「は? ソチ前にも、はまってたじゃん!」
……え、えっと。
はい、そのとおり。
おっしゃるとおりなのですが。
ただ、きっと、一般の方の想像をはるかに超えた、はまりっぷりでして……。
すみません(←なぜ、あやまる?)。

そんなふうに、いまや、こんな廃人生活の私ですが、少し前までは家族中心の生活をしていました。
そういう時期があってもいいと思っていましたし、自分のことはあとまわしの毎日でした。
でも、2月にはソチで羽生選手が金メダルを獲得し、3月には世界選手権でも金メダル、ちょうど家族にもうれしいことがあり、私、こんなに幸せでいいのかしら、とすら思っていました。

そんなとき、ちょっとしたことが起こりました。
それ自体はささいなできごとだったのですが、そのとき、ふと思ったのです。
あれ、私の幸せって全部、他人まかせなの?って。
応援していた羽生選手が勝ったのはうれしい。
家族が喜ぶのもうれしい。
でも、じゃあ、私の人生ってなに?
私の幸せってなに?
私はなんのために生きているの?

数日間、そんなふうに考えつづけました。
それで出た結論は、しばらくは自分の好きなことをしよう、自分のために時間をつかってみようということ。
そしてブログをはじめ、アイスショーにも足を運ぶようになりました。

もちろん、それが自分の人生を生きることになっているとは思いません。
ただ、家族のため、だれかのため、という聞こえのいいお題目を掲げて
自分の人生と向き合うことから逃げるのはやめよう、と思ったのです。
そして、向き合う勇気が出るまで、ちょっと人生のお休み期間をもらおう、
そのあいだは思い切り楽しもう。
そう決めました。

でも、思いのほか早く、お休み期間は終了しました。
仕事を再開することになりました。
だから、これからは更新回数は減ると思います。
でも、羽生選手関連の英語のニュースが出たら、これまで同様、なによりも優先して、宇宙一早く(笑)ご紹介したいと思っています。

今後はのろのろブログになりそうですが、
のんびりゆっくりお付き合いいただけたらうれしいです。
どうぞよろしくお願いします。

coco拝
[ 2014/05/27 01:39 ] 羽生結弦 | TB(0) | CM(30)

SkateCanada記事訳『ジェフ・バトルの創造性豊かなアイデアがスターズ・オン・アイス・ツアーで発揮される』-2- (2014/5/20)

みなさま、こんばんは。
きのう、私の家族がこんな夢を見たそうです。
夢の中でおそろしい目に遭い、命からがら逃げてきて、家になんとか帰り着き、どんなにたいへんな思いをして帰ってきたか、私に必死で話したそうです。
すると、私の返事が「ふーん」
ええっ、まさか、スルー? こっちはあやうく命を落とすところだったのに、もしやまったく聞いてないのか!?と憤慨したところで、目がさめたそうです。

……はい。
私がどれほど愛情深く、家族思いの女性であるかという心温まるエピソードをご紹介したところで、前回のSkateCanadaの記事の後半部分の訳にいきます。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

SkateCanada
ジェフ・バトルの創造性豊かなアイデアがスターズ・オン・アイス・ツアーで発揮される - 2 -
ビバリー・スミス著
2014年5月20日

チャンの場合は、まず、彼の母親がショパンの曲に合わせたエキシビションの振り付けを依頼してきた。しかし、バトルは、チャンにはもっとダイナミックで、彼の力強いスタイルに合ったものが必要だと考えた。そこで、自分がずっと使いたいと思っていたラフマニノフの曲を提案した。バトル自身、2004-5シーズンにショート・プログラムでラフマニノフの曲を使っているが、それに似た曲だ。チャンはそれをとても気に入り、翌シーズンのショート・プログラム用に作り変えてほしいと依頼した。

「それが理想的な手順とはかぎりません」とバトル。「一部をカットすると、曲のよさが失われかねない。だけど、今回ばかりはうまくはまって、しっくりきたんです」

バトルの場合、はじめから反響は大きかった。「こんなに早く、ここまでのことが成し遂げられるとは思ってもいませんでした」現在は、スターズ・オン・アイスに取り組んでおり、ひとりどころか、少なくとも12名のスケーターの動きを任されている。

バトルはこのツアー中、肉体的にかなりの負担がかかっている。日本とアメリカとカナダのキャストにグループナンバーの振り付けをするのだ。日本公演が終わると、出演していた12名のうち、5名といっしょにハリファックスにもどり、深夜に到着すると、翌朝にはリハーサルをはじめていた。「午後4時ごろには、かなり体にこたえてました」とバトル。幸い、日本公演に出演したスコット・モイアがステップを教えるのを手伝ってくれた。

昨シーズン、バトルは多忙で、現役スケーターに10から12のプログラムを振りつけた。今年は数を減らして、仕上げのほうに集中したいという。結局のところ、彼は完璧主義者なのだ。スターズ・オン・アイス・ツアーが終わる前に、すでに曲探しにとりかかっている。

さしあたって、バトルはバランスのとれた人生を求めている。仕事漬けの毎日は望んでいない。ひと息ついて、2月に結婚した新しい夫、ジャスティン・ハリスと時間を過ごしたいと考えている。また、ホッケーをした経験がないのにもかかわらず、トロントで趣味のホッケー・リーグに所属している。カート・ブラウニングとちがい、ホッケー用のスケート靴さえ、履いたことがなかったのに。「これまでやったことがないから、チームの心理戦が楽しいんです」

また、さいきんではスコット・モイアもテレサ・バーチューとのプログラムの振り付けを望んでいる。

「ジェフのスケーティングの長年の大ファンなんです」とモイア。「私たちのお気に入りのプログラムのひとつは、ジェフが2008年に世界選手権で優勝したときの演技ですね。彼はまったくちがう道を切り拓いてきた。そして、振り付けで新しい道を歩んでいるんです」

「彼はとても創造性豊かです。それは前から、知っていました。だけど、彼はつねに自分の限界を越えて、新しいなにかをしようとする。しかも、そのなにかによって観る者に考えさせようとする。そういうことこそ、スケートには必要なんです」

現在、バトルの人生は順風満帆である。彼が引く手あまたであることはまちがいない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ジェフリー・バトル氏、大好き!
パリ散、大好き!
というわけで、とってもうれしい記事でした。

ところで、以前、コメント欄でみるくさんから、八戸で羽生選手に会って、心境の変化はありましたか、というご質問を受けたので、それに対するお答えです(みるくさん、遅くなってごめんなさい)。

私、もともと有名人にはあまり興味がありません。
テレビもほとんど見ませんし。

でもでも、羽生選手だけは別でした。
どうしてもどうしても、会ってみたかった。

で、みなさま、ご存じのとおり、
召されるどころか、死んでもいいと言い出す始末。
はい、そうです。
舞い上がってました。
火の鳥なみの飛翔です。

その後、賢明なる読者諸氏はお気づきでしょうが、
がくんと落ち込みました。
上がれば、下がる。
自然の摂理ですね。
タワー・オブ・テラーなみの急降下です。

いまの時代、どこにいても、情報は入ってきます。
いろんなファンの方に向けられたすてきな笑顔。
すてきな会話。
すてきなエピソード。
自分だってありえないくらいの幸せなひとときを過ごしたはずなのに、
どうしてこんなに落ち込むんだろう。
行けなかったのならわかる。
行きたかった、と地団駄踏むのならわかる。
でも、おそろしいほどの幸運で行くことができて、
おそろしいほどの幸運で直接、お花を渡せて、
おそろしいほどの幸運で写真も撮らせてもらって、
これ以上の幸せはないはずなのに、
この胸の内の黒い感情はいったいなんなんだろう。

そして、自分のことがひどく嫌いになりました。
彼が笑ってくれてさえいればいい、とかなんとか、
キレイゴトを書いておきながら、
なんだ、ほんとは自分にだけ笑ってほしいんじゃん、
めっちゃ、ジェラってるじゃん、って。
自分の中から醜い感情が底なしに湧いてきて、呑み込まれそうでした。

でも、それを越えたら、
ああ、私にもまだこんな生々しい感情が残っていたんだなあ、
生きているってこういうことなんだなあ、とちょっとふしぎな気がしました。
そして、こういう感情も結局のところ、
自分がどう生きていきたいか、ということにつながるような気がします。
自分の中の割り切れない気持ちや目をそらしたいような思いとも向き合って、
じゃあ、これからどう前に進んでいくのか。

そこで、ふと気づくのです。
彼の生きるさま、闘う姿勢、そのすべてが私の道しるべになってくれるはず。
ただ、そのまぶしい光に向かって、進んでいけばいいんだって。
たとえ手は届かなくても、光だけは足元を照らしてくれている。
それを頼りに、まずは一歩。
続いて一歩。
すこしでも明るいほうを目指して。
[ 2014/05/22 20:21 ] ジェフリー・バトル | TB(0) | CM(53)

SkateCanada記事訳『ジェフ・バトルの創造性豊かなアイデアがスターズ・オン・アイス・ツアーで発揮される』-1- (2014/5/20)

きょうはSkateCanadaのジェフリー・バトルの記事をご紹介します。
まずは前半です。
前振りは後半のほうの記事に書きますね。
だから、コント――じゃなかった(笑)、コメントも後半のほうにお願いします♪

ジェフ・バトルの創造性豊かなアイデアがスターズ・オン・アイス・ツアーで発揮される
ビバリー・スミス著
2014年5月20日

jeff.jpg

すぐれた振り付け師の仕事とは、音楽を動きや型や技にはめこむこと、スケーティングのあらゆる要素をひとつの方向性に集約すること、観客を席から立ち上がらせること、そして、水を打ったような静けさの中、観客が椅子の上で身動きできないほどに魅了することだ。

カナダにはそれができる振り付け師が多くいるが、さいきん大家と並んで、そこに名を連ねたのが、ジェフリー・バトルだ。2008年の世界チャンピオンであり、2006年のオリンピック銅メダリストである彼は、もともと、その芸術的才能とすぐれた音楽表現で知られたスケーターだ。

その彼がいまや、大物の振り付け師になりつつある。

「ジェフはもっとも才能のある振り付け師のひとりだと思います」サンドラ・ベジックがそう話してくれた。彼女自身、もっとも才能ある振り付け師のひとりだ。

「彼の作品は豊かで、独創的で、 幅が広いんです」そう言う彼女は、バーバラ・アンダーヒル、ポール・マルティーニ、クリスティ・ヤマグチ、カート・ブラウニング、ジョゼ・シュイナール、 タラ・リピンスキー、ルー・チェンといったスケーターの忘れがたいプログラムを振り付けたことで知られている。

ベジックによると、彼の作品はいつもスケーターを向上させてくれるという。「彼はすでに大きな衝撃を与えてきました。振り付けのレベルを引き上げたんです。彼の作品は新鮮で、いまの時代を映し出していて、心躍らされます。私は彼の大ファンなんですよ」

バトルには『バトル・オブ・ブレーズ』というテレビ番組を手伝ってもらったことがあり、彼女としてはもっとかかわってほしかったという。来シーズン以降も依頼をしたそうだ。

昨シーズン、アメリカ・チャンピオンのアシュリー・ワグナーは、スターズ・オン・アイス・ツアーでバトルの真髄に触れた。それは、バトルがはじめて振り付けの責任者を務めたアイスショーだった(それまでの2年間は助手だった)。

バトルは昨シーズンと今シーズンのスターズ・オン・アイスで、全グループナンバーの振り付けを担当している。ワグナーはすべてのステップと振り付けを習得するのに苦労したという。「スケーターとして、とてもいい経験になったと思います。ジェフがシンプルで簡単にこなせる振り付けをするタイプでないのはたしかですからね。むずかしいからこそ、やりがいがあるんです」

そもそも、バトルに振り付け師になりたいという願望はなかった。トロント大学では化学工学を専攻している。しかし、1999年に振り付け師であるデヴィッド・ウィルソンと仕事をするようになり、彼の振り付けへの情熱に感化された。「すっかり、のめりこんだんです」とバトル。

バトルは選手時代にも、すでにほかのスケーターの振り付けをしている。オンタリオ州バリーの彼の実家に下宿する、ふたりの少女の振り付けをしたのだ。その後、韓国の若きスケーター、キム・ヨナのフリー・プログラムを手がけた。彼女が世界ジュニア選手権で優勝した年だ。

「はじめは言葉で苦労しました」とバトル。「だが、幸いなことに、振り付けは実演でなんとかなる部分が大きいんです。必ずしも、言葉は必要ありません」

いつのまにか、バトルは、フィギュアスケート男子シングルのトップ2の選手、羽生結弦とパトリック・チャンのショートプログラムの振り付けを手がけるまでになっていた。ふたりはまったくちがうタイプのスケーターであるため、バトルはふたりにまったくちがう方向性のプログラムを用意した。今シーズン、ふたりはバトルによるプログラムで世界記録を順に更新した。その成功で、バトルは一躍、世間の注目を浴びた。

羽生には『パリの散歩道』を選んだ。このプログラムなら羽生を簡潔に表せると思ったからだ。バトルによると、羽生のスケーティングには”荒々しい奔放さ”があるが、本人はシャイな青年だ。「彼が自分を解き放って、楽しんで滑ってくれる姿を見られたのは最高でした。それも、かなり緊張する場面でしたからね。『パリの散歩道』は、その世界に入り込まないと、目も当てられないタイプのプログラムなんです。だけど、彼はすっかりその世界に入りこんで、滑ってくれました」

―後半に続く――


※後半では、パトリック・チャン選手やスコット・モイア選手の話、バトル氏の今後の予定等について書かれています。
※コメントのお返事、ぜんぜん間に合ってませんー。すみません!
[ 2014/05/22 08:51 ] ジェフリー・バトル | TB(0) | CM(6)

the star.com記事訳『ブライアン・オーサーがソチでのパトリック・チャンの痛みに共感』(2014.2.14)

きょうは、cocoのお悩み相談コーナーからはじめたいと思います。
前回の記事にコメントをくださった、たけのこさんからのご相談です。

羽生くんが大好きすぎて、
毎日毎日動画ばっかりみています。
仕事と食事と睡眠以外はずっっとです。
何時間も・・・

なんにも他のことが手につかず、もはや悩んですらいます(汗)

ああ……その気持ち、よくわかります。
みなさんもおわかりですよね?
(わかる方、パソコンの前で、うんうんとうなずいてください)
動画を見はじめると、やめられないんですよね……。

が、しかし。
このコメントから察するかぎり、たけのこさんは「仕事」「食事」「睡眠」この3つは確保していらっしゃる。
そう考えていいですね?

だとしたら……
すばらしいです!

だって、この3つさえ確保されていれば、ほかはどうでもよくありませんか?(えっ?)
そんなたけのこさんは、廃人度レベル1
ご安心ください!
いつでもまっとうな人間に戻れます。

しかし、それが悪化すると、まず侵食されるのが「睡眠」。
眠る間を惜しんで、動画や情報を漁らずにいられなくなります。
そういう方は、廃人度レベル2
そろそろ危険信号が点灯しはじめます。

その次にあやしくなるのが「食事」。
眠るだけでなく、食べる時間と手間まで惜しむようになると、危険です。
(※ごくたまに、食べたことを忘れるという大技を繰り出す輩がいるようですが、それは単なるヤバイ人です)
こうなると、廃人度レベル3
いますぐパソコンやスマホの電源を切って、なにか食べて、眠ってください。
どうせ、このあともたいしたことは書いてありません。
読まなくてもなんの損もありませんから!(キッパリ)

そして、最後の砦である「仕事」。
これは仕事でも、家事でも、母親業でも、同じです。
だれにも代わってもらえない、自分がするしかない仕事。
寝食に続いて、ここまであやしくなってきたら、
廃人度レベルはマックスの4
ここまで来ると、人間としてはぎりぎり最低のラインですね。
そういう方は……






はーーーい、cocoのいる世界へようこそ!!!
お仲間、いつでも大歓迎ですっ!

そんなわけで、廃人度レベル・マックス4を振り切り中のcocoが、リリィさんのリクエスト・シリーズ第4弾の記事、"Brian Orser feels Patrick Chan's pain in Sochi"をご紹介します! ソチ・オリンピック直後の記事です。

※この記事を載せているthe star.comはカナダ最大の日刊紙、The Tronto Starのサイトのため、カナダ寄りの記事になっています。あらかじめ、ご了承ください。

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ブライアン・オーサーがソチでのパトリック・チャンの痛みに共感
ロージー・ディマーノ著
2014年2月14日

オリンピックで2度の銀メダルに輝いたカナダ人のオーサーが日本の羽生結弦を指導し、フィギュアスケート男子シングルでチャンを破り、金メダルを獲得させる
brian_orser.jpg
オリンピックのフリープログラム後の日本の羽生結弦とブライアン・オーサー・コーチ
エイドリアン・デニス撮影(AFP/Getty images)

ロシア、ソチ――パトリック・チャンの気持ちが手に取るようにわかる男が、アイスバーグ・スケーティング・パレスにひとりいる。

ブライアン・オーサー。彼はチャンと同じく、悔やんでも悔やみきれない経験をしている。まったく同じ順位――彼自身もふくめて、だれもが金メダルを期待しているときに、オリンピックの表彰台で2位という順位に終わったのだ。

実際、7年連続でカナダ・チャンピオンとなったオーサーには、それが2回起きている。1984年のサラエボ・オリンピック、そして1988年のカルガリー・オリンピック。カルガリーの開会式では、カナダの旗手も務めている。

「フィギュアスケートはカナダのスポーツだ」オーサーが金曜の深夜に話してくれた。チャンがいまにもつかめそうな金メダルを逃したあとのことだ。「すばらしい男子の選手があれだけ、いたことを思うと……」

そう言って、次々に名前を挙げていった。カート・ブラウニング、エルヴィス・ストイコ、ジェフ・バトル、ドン・ジャクソン。

「このうち、だれひとりとして優勝していない。私も含めて」

もっとも重要な大会である、冬季オリンピックではだれも優勝していないのだ。オリンピックの男子フィギュアスケートでカナダが獲得してきたのは、5個の銀メダル。そのうちの2個はオーサーによるものだ。

「呪いと呼ばれるのは嫌いなんだ。呪いなんかじゃない。ただ、獲れなかっただけだ」

いま、オーサーは天才コーチとして男子シングルの金メダルを獲得した。10代の教え子である羽生結弦が、金曜にフィギュアスケート男子シングルで、ディック・バトンに続く、史上2番めに若い金メダリストに輝いたのだ。

羽生は12月に19歳になった。彼は日本のフィギュアスケート男子シングル部門で初の金メダリストである。

もし、チャンやほかの選手がオーサーを自分の陣営にかかえていたら、結果はちがったかもしれない。4年前のバンクーバーでも、オーサーは韓国のキム・ヨナに金メダルを獲得させ、栄誉をもたらすのに一役買っている(その後、ふたりは師弟関係を解消)。オーサーがスケーターのキャリアを指揮して、その世界の頂点を極めさせるマエストロであることは、これで証明された。

しかし、残念ながら、彼はそれをカナダのために行なったわけではない。

金曜に試合が終わったあと、オーサーは失意のチャンを探した。「自分のスケーターにハグしたときよりも、パトリックをハグしたときのほうがこみあげるものがあったよ。彼のことが気がかりでね」

「複雑な心境だよ」

男子が4回転を跳びはじめる前、ミスター・トリプルアクセルとして知られていたオーサーは、サラエボ・オリンピックで、アメリカのスコット・ハミルトンに金メダルを奪われた。最初の種目――のちに廃止となった、氷上に正確な図形を淡々と描くコンパルソリー・フィギュアで出遅れたというだけの理由からだ。カルガリー・オリンピックは、ブライアン・オーサー対アメリカのブライアン・ボイタノという、ブライアン対決で知られている。オーサーは2シーズン連続で無敗の状態でオリンピックにのぞんだにもかかわらず、わずか0.1点差で金メダルを逃した。

押しつぶされそうなまでの失望を乗り越えるには長い歳月を要した。だから、この先、なにがチャンを待っているのか、オーサーにはわかっている。

「彼も同じ思いを味わうことになるだろう。だれも私にはなにも言わなかった。ひとりで乗り越えるしかなかったし、それには長い時間がかかった。私の場合、それが2回あったからね。しかも、母国開催のオリンピックで」

「彼がどうするつもりなのかはわからない。ただ、彼にハグをした。私にできるのはそれだけだ」

オーサーはコーチ陣の中でも、もっとも生き生きとしたコーチだ。選手と同じように滑るまねをして、ジャンプのときには飛び上がり、スピンでは体をひねって片足を上げる。

フリー・プログラムでは、羽生はチャンの直前に滑ったが、いつもの精彩を欠いていた。4回転で転倒し、3回転フリップでふたたび転倒。得点は178.64で、合計280.09点だった。木曜夜のショート・プログラムでは世界記録を更新し、史上初の100点超えを達成して、チャンに3.93点の差をつけてのぞんだ、フリー・プログラムだった。

演技が終わったときのオーサーの表情は厳しかった。

「ドアが大きく開け放たれたのはわかっていた」

チャンが羽生の演技を見ていたかどうかはわからないというが、羽生の得点が発表されたとき、チャンはリンクにいた。

「裏にいても、(スケーターが転倒したときに)観客が声をあげるのが聞こえる。ミスをすれば、それでわかる。しかも、(羽生は)2回ミスをしたからね。だからといって、戦略を変えることはできない。それでも、全力を注ぐしかない」

羽生をせかすようにしてキス&クライから連れ出すと、オーサーはモニターでチャンの演技を確認するのを忘れなかった。同時に、もうひとりのスケーター、スペインのハビエル・フェルナンデスに集中した。フェルナンデスは、オーサーが2005年からスケーティング・ディレクターを務める、トロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブに所属している。フェルナンデスはショート・プログラムを終えた時点で3位だったが、フリー・プログラムでミスをしてメダルを逃した。昨年、オーサーの指導のもと、フェルナンデスは世界選手権の銅メダルを獲得している。

「自分のスケーターふたりが表彰台に乗る場面をずっと想像してきたんだ。毎日11時11分になると、目を閉じて、その光景を思い浮かべる。何か月もそうしてきた。うちの子がふたりそろって表彰台に乗れたら、最高だっただろう。スペインにとっても、そうだったはずだ」

オーサーは試合前の羽生の落ち着かないようすに驚いたという。この10代の青年はふだんはひと一倍、冷静沈着なのだ。「彼が緊張感に呑み込まれているのを見て、ほんとうに驚いたよ」

しかし、オーサーは同じ状況で自分が抱えていた不安を思い出した。「大きな重圧がかかるんだ。プレッシャーを感じない者などいない」

羽生が勝利をおさめたフリー・プログラムはカナダ人のデヴィッド・ウィルソンによる振り付けで、ショート・プログラムはバトルによる振り付けだ。だから、この金メダルにはカナダの要素が多く含まれていることになる。

他国のスケーターに叡智を授けるのは一種の裏切り行為だとささやく者もいるが、オーサーはそういった非難の声をきっぱりとはねつけた。彼はくり返し強調した。「私の仕事はチャンピオンを生み出すことだ。国籍は関係ない」

金曜の夜には、次はペアとアイスダンスでオリンピック・チャンピオンを誕生させるのかとからかわれた。男子シングルと女子シングルでは、すでにそれを達成したからだ。

「メダルの数を増やしたくてやっているわけじゃない。ここでのメダルは勘定に入らない。私には自分でメダルを獲得する機会があったし、いまはフィギュアスケートを教える立場だ。私のもとにやってくるスケーターがいて、本人や連盟から連絡が入り、もしそのスケーターが私たちのしていることを受け入れて、熱心に辛抱強く取り組む意欲があり、状況が許すのなら、私はそれを仕事として引き受ける」

その仕事の出来は上々だ。たとえ、それがカナダに持ち帰る金メダルでないとしても。その金メダルは日本へと届けられる。

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"two of my kids"=「うちの子ふたり」
やっぱり、オーサー・コーチは愛情深いパパでした!
そして、毎日11時11分というのは1並びだから?
羽生選手のことを「縁起をかつぐタイプ」と言っていたオーサー・コーチですが、おんなじなんですね。

それより、私の記事より、みなさんのコメントのほうがおもしろいってどういうことですかっ。
けしからんっ!(笑)
[ 2014/05/19 21:27 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(45)

Absolute Skating記事訳:ブライアン・オーサー「ユヅルとハビはちがうタイプだが、互いを助けあっている」(2014/5/15)

Absolute Skatingの記事をご紹介します。
5/15付けの記事ですが、インタビュー自体は世界ジュニア選手権が行われた3月中旬ごろのものだと思われますので、世界選手権のはじまる前の内容です。

※いつもの前振りは記事のあとにつけました(だから、いらないって)。

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Absolute Skating記事
ブライアン・オーサー「ユヅルとハビはちがうタイプだが、互いを助けあっている」
2014年5月15日
ベネッタ・ヤネヴァ著
アンドリアナ・アンドリーヴァ撮影

現役時代にスケーターとして成功しただけでなく、コーチとしても成功しているブライアン・オーサーが、すばらしい弟子たちと彼らとの関係について語る。

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ブライアン・オーサーが「今年の最優秀コーチ」という栄誉を与えられることに異論を唱える者はいないだろう。彼が指導するスケーターは今シーズン、すばらしい結果を残している。日本の羽生結弦がオリンピックと世界選手権で金メダルを獲得し、スペインのハビエル・フェルナンデスがヨーロッパ選手権の金メダルを連続で獲得、世界選手権では銅メダルに輝いた。そして若きカナダのナム・グエンはシニアのデビュー戦で成功をおさめ、世界ジュニア選手権で優勝した。ブルガリアのソフィアで、ブライアンは今シーズンを振り返った感想と彼のトップクラスの弟子のちがいについて、インタビューに気さくに応じてくれた。

ミスター・オーサー、まさかあなたと世界ジュニア選手権でお会いできるとは思いませんでした。

指導するスケーターが世界ジュニア選手権を経験できるのは、いつでもうれしいものだよ。ほかのスケーターが出場したときや、1978年に自分が出場したときの経験から、世界ジュニア選手権にはいい思い出があるんだ。自分が大きな大会に出ているのを実感したのは、そのときがはじめてだったからね。その後、オリンピックに焦点を定めて、大きな目標を夢見るようになったんだ。

あなたは今回、出場しているふたりの少女のコーチを務めていらっしゃるんですよね。ふたりについて教えてください。

ふたりにとって、これがはじめての世界ジュニア選手権だ。年齢的に出場資格があるし、いい経験になるからね。ひとりは南アフリカの少女で3〜4シーズン前から指導している(ミカエラ・ドゥ・トイト)。もうひとりはカザフスタン出身の子だ(エリザベート・トゥルシンバエワ)。彼女は去年の春にトロントに来ようとしたんだが、ビザがおりなくて、カナダに来るのに半年かかってしまった。それからいっしょにいたのは4か月だから、準備が遅れてしまったが、いまでも学んでいる最中だ。彼女には過去の習慣が染み付いてしまっているから、徐々に変えていかなきゃいけない。練習習慣、技術的な癖、演技の癖をね。取り組むべきことがたくさんあるよ。

ナムのコーチはいつから務めていらっしゃるんですか? あの年齢でいい成績を残していますよね。

ちょうど2年前からだね。幼いときの彼は本物のスーパースターだった。8歳のときも、10歳のときも。キュートな魅力をふりまいていたよ。キュートだったね。若くて、スピンが速くて。だから、改めてナムを指導することになったとき、変えなければならない習慣がたくさんあった。キュートな要素から脱皮する必要があった。それが通用するのは短いあいだだけだからね。これからは自分より年上の人間と競い、同じレベルにならなきゃいけない。シニアの試合に目を向けて、もっと大きなジャンプ、速いスピードを目指さなきゃいけない。ジュニアのレベルから抜け出せないスケーターもいる。それまではゆっくりだったのが、急にシニアのレベルに放りこまれて、自分がどれだけ遅かったかに気づくんだ。だから、ナムにはいい機会になったよ。四大陸選手権に出場したのがね。そこで、彼はシニアのスケーターがもっと速くて、空間全体を使って演技していることを実感したんだ。むずかしい技をこなして、だれもがトリプルアクセルを跳んでいるだけでなく、空間全体を使って表現している。別のコーチといっしょに四大陸選手権に出場したあと、彼はトロントに戻って、それに向けたトレーニングをはじめた。大きな演技をするようになったんだ。それに、彼は毎日、ユヅル・ハニューやハビエル・フェルナンデスといっしょに滑っている。いっしょに滑りながら、同時にこれからは彼らと競おうとしている。空間全体を使って表現をして、速いスケーティングができれば、そのスケーターの準備は整ったことになる。そして、いまのナムはそれが整っているんだ。

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世界ジュニア選手権と世界選手権の両方に出場するのは、彼にとっていいことだと思いますか?

苦労はするだろうね。世界選手権から声がかかったときには「やったな」と言ったよ。彼はとても興奮していたが、世界ジュニア選手権に集中するように言った。彼は若いし、練習もしっかりする。調子もいいし、この勢いを失いたくない。それに、世界選手権への出場は彼の役に立つだろう。彼はこれからトロントに戻って、4日間、むこうに滞在して、ユヅルとハビと合流する予定だ。これからシニア向けのフリープログラムを練習しなければいけない。30秒長いからね。だが、彼はカナダ選手権にも四大陸選手権にも出場してきた。彼にとって、シニアのプログラムに移行するのはそれほど大変ではないだろう。ジャンプのあいだに休める時間が増えるわけだからね。日本で行われる世界選手権では、目標を定めているんだ。ショートプログラムとフリープログラムで、いい演技をする。上位15位はじゅうぶん狙えると思っている。ここ、世界ジュニア選手権でいい結果を出したことが、そこでも生きてくるだろう。

ソチではユヅルが金メダル、ハビが4位と複雑な心境だったんじゃないですか?

オリンピックに複数の弟子を出場させることができるなんてすばらしいよ。キス&クライでは、ユヅルがベストの演技ができなかったから、結果を待つしかなかった。その後、パトリック・チャンもベストの演技ができなかったから、ユヅルが優勝した。その週は、ユヅルがいちばんのスケーターだった。そのことに疑問の余地はない。彼はあのとき最高のスケーターで、オリンピック・チャンピオンとしてその週を終えた。いまは彼にとって特別な瞬間で、彼も喜んでいるよ。だから、世界選手権に出場してまた滑りたい、フリープログラムに集中したいと言っている。ハビにはつらかったね。技術点の問題だ。フリープログラムで判断をあやまった。ルールをどれだけ理解しようとしても、それでも混乱して、ちょっとしたことで変わってくる。4回転が3回転になり、そのほかに複数の3回転トゥループやサルコウやコンビネーション等もあって、彼は混乱してしまったんだ。残念なことに、3番目にすばらしいスケーターが4位になってしまった。私はこのふたりのことを心から誇りに思っている。ふたりはソチに残ってエキシビションに出場したから、ソチで1週間練習して、その後、トロントに戻ってきた。ユヅルは日本に帰国して、マスコミの祝福を受けた。すばらしいことだよ。だけど、世界選手権前の10日間はトロントに戻って、ふたりとも猛練習をする予定だ。ふたりにはそれだけのエネルギーが残っている。自分がスケーターだったから、オリンピック後の世界選手権に向けて準備するのがどれだけ大変か、わかっているよ。

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カナダ出身の強敵がいる状態で、このふたりをオリンピックに連れていくのは大変なことでしたか?

もっともすぐれた人間、もっともすぐれたスケーターが優勝してくれれば、私は幸せだ。もっともすぐれた者が優勝すれば、それでいい。たとえ、それがパトリックでも、ユヅルでも、ハビでもね。私はただ、自分の仕事をするだけだ。私はこのふたりとその連盟からコーチを頼まれた。だから、自分の仕事をする。それに、カナダのアスリートからは声がかかっていないからね。ナムだけだよ。

あなたの弟子たち、ユヅル、ハビ、ナムはそれぞれ特別なものを持っていますよね。そのことについて、聞かせてもらえますか?

言葉にするのはむずかしいな。オリンピック・チャンピオンや世界チャンピオンはみな、特別なものをもっている。ユヅルとハビはまったくちがうタイプだ。ユヅルは母親と暮らし、とても規則正しい生活をして、まだ学生でもある。彼らにとって、教育はとても重要だからね。人付き合いが多いほうではないし、それほど社交的でもない。ハビエルはその反対だ。彼はひとり暮らしで、アパートメントに住み、ガールフレンドがいる。自分で料理をするし、掃除もするし、とても社交的だ。それが彼にはいい方向に働いている。日本の文化とスペインの文化はちがう。彼らは互いに助けあっているから、私もやりやすいんだ。ふたりは互いを敬い、尊敬している。これ以上の関係があるかい? 私はただ、コーチとして、彼らを注意深く見てやり、そのボディ・ランゲージを読めばいい。そのふたつなら私にできるからね。ハビにもっと時間をかけてやらないと、と思うときもあるし、ユヅルに対してそう思うときもある。そして、ふたりはそれを理解しているんだ。

あなたの仲間のコーチ陣について教えてください。

4〜5人のコーチといっしょに教えているよ。ひとりはスピンの専門家で、彼女はすばらしいんだ。スピンを教えられるだけでなく、レベルを理解しているから、すべてのスピンでレベル4を目指せる。トレーシー・ウィルソンもいて、彼女は技術的にすぐれている。基本的なスケーティング技術に多くの時間を費やすんだよ。どこから力を持ってくるかとか、どういう姿勢なら無駄なくさらに力をこめられるかとか。デヴィッド・ウィルソンはプログラム担当だ。プログラムができあがると、トレーシーがそれを美しく、バランスのとれたものになるように、つなぎの部分にとりかかる。彼女の基礎があってこそ、振り付けがこなせて、大きなジャンプが跳べる。私はほぼ、ひととおり、かかわっている感じかな。つなぎとか、技術とか、ジャンプとかにしっかり時間をかけているよ。

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いまもジャンプできますか?

(笑って)むりだね。この体じゃできないよ。

ユヅルはいつもウィニー・ザ・プーのティッシュケースといっしょで、ハビはミッキーマウスのティッシュケースといっしょですが、そこになにか意味はあるんですか?

知らないよ! ユヅルはかなり縁起をかつぐタイプだから、あれもそのひとつじゃないかな。オリンピックには持ちこんでいなかったが、理由は聞かずに好きにさせたよ。

カナダの男子スケーターはオリンピックで縁起がわるいんでしょうか?

どうかな。カナダは偉大なスケーターを数多く輩出してきた。まず、1970年代にはドナルド・ナイトとトーラー・クランストンがいた。コンパリソリーがあるころには、トーラー・クランストンはもっともすぐれたスケーターのひとりだった。その後、私が出てきて、カート・ブラウニング、エルヴィス・ストイコ、ジェフ・バトル、パトリック・チャンと続く。世界選手権のメダリストが数多くいて、そのうちの何人かは複数のメダルを獲得している。オリンピックでどうなのかはわからない。たまたまオリンピックがそれぞれのピークに重ならなかったんだろう。パトリックがそうだ。2010年のバンクーバー・オリンピックでは、惜しかった。しかし、次のオリンピックとなると、ほかの選手にとっても、パトリックにとっても遅すぎたんだと思う。パトリックにはおそらく半年遅かった。オリンピックが半年前に行われていたら、結果はちがったかもしれない。パリでの彼のすばらしい演技を思い出してほしい。ジェフはオリンピックのメダルを獲得して、世界チャンピオンになり、それで満足した。私の最初のオリンピック(1984年のサラエボ)はましだったよ。コンパリソリーがあって、私には有利だったからね。1988年(カルガリー)のオリンピックはとてもきつかった。体力的にかなり疲れたよ。1987年に世界チャンピオンになったあと、カルガリーではオリンピック・チャンピオンになるためだけに出場した。自分ではそのつもりだったから、ショックだったよ(ブライアンはどちらのオリンピックでも銀メダルを獲得している)。

いまは、自分が練習してきたころとはちがう方法で教えている。自分のころは猛特訓を積んで、コーチを務めているいまより要領が悪かった。自分の失敗から学んだんだ。

来シーズンは、ちがうハビとユヅルが見られるんでしょうか? ふたりのスタイルを変える計画はありますか?

ああ。ボーカル入りの曲を使おうと思っている。すでにハビのショートプログラムの曲は選んであって、フリーはこれからだ。彼の曲を選ぶのはいつも簡単なんだよ。ユヅルは別だ。彼には得意分野でないものを考えている。型にはまったスケーターになってほしくないからね。それには彼はまだ若すぎる。ショートは2シーズン連続で同じプログラムだったから、来季はそれを変えないと。フリーでも実験しようと思っているよ。

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新しいプロ! 楽しみですねー。

と、ここまではふつうのブログ。


……………………………………切 り 取 り 線………………………………………


はい、ここからは、いつものcocoブログ。

おかげさまで屍からは復活しました。
というわけで、いまや、ただのゾンビです。
もう心臓動いてないから、なにがあろうとAEDも不要です。
(akiさん、長いあいだ、AED係としてお世話になりました!)
ふれあいだろうが、白T&ジーンズだろうが、どーんと来い!
えっ? もうない? あれれ? がーん……。

冗談はともかく。
実は、前回の記事のコメント欄で衝撃の事実が判明いたしました。
以下は、一部始終を見てらした、みーこさんの目撃談です。


実は我らがcocoさん、今はとある病院の集中治療室にいらっしゃるんです。
cocさんは八戸ふれあいタイムで、間近での「きらきら」で、心肺停止。
「あのAED」のおかげで奇跡的に蘇生。救急車に乗せられ…
羽生選手もたいそう心配し病院にお見舞いに行かれたとか。
なんとか意識を取り戻してもらおうと、投げkiss、頭なでなで等、彼も必死。
ここで急に白雪姫の童話を思い出し、王子様のリアルkissで目覚めるのではと 行為に及ぼうとしたのですが、すんでのところで医師(女医)が「ああっ、本当に召されてしまう~」と止めに入ったとか。

今は「なんでもいいからどこかで羽生選手、見られないかなあ、あばれちゃうよもう」などと、うわごとを繰り返すまでに回復の兆候がみられるとか。


な、なんと!
そういうことだったんですね!
この女医を締めあげなきゃ、という厳然たる事実は別として、
どうも現実感がないと思っていました。
ごはん食べてるようで食べてないような、眠ってるようで、眠ってないような。
それなら、納得です。

ん?
いや、もしかすると、ほんとうはSOIの白T&ジーンズの「にこっ」以来、眠りつづけているのかも。
八戸に行ったことも、ふれあいに参加したことも、ももも、もしかしたら全部、夢……?
あのぼけぼけ写真は、実は念写……?


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念写証拠例その1


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念写証拠例その2

うわあああ、やっぱり、念写だわ!!!

ゆかさんに「その天才的な撮影の腕前を活かす道がどこかにあるにちがいありません」とおっしゃっていただいたとき、「心霊写真捏造系でしょうか」と答えた私ですが、正解は念写でした!

えっと、どこかに需要……ありますかね……?
[ 2014/05/16 10:21 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(47)

Icenetwork記事『比類なきコーチ:オーサーが2013-14シーズンを制覇』(2014/5/13)

みなさま、おはようございます。

………………。
………………。
………………。

はっ。
すみません、すっかり燃え尽きておりまして。
PIWのあと、興奮で眠れない夜が続き、ようやく眠れたと思ったら、
いまや、単なる燃えかすです。
です。
です。

きのうは用事のついでに、PIW八戸の記事が載っている『デーリー東北新聞』を銀座の東京支社まで買いに行ったのですが、時間のかかることかかること。
気づいたら、曲がるべき角を曲がってなくて、ひたすら戻り、気づくと、またぼけっとしていて、へんな道に迷い込み……。

でも、支社ではとても親切にしていただき、ぶじにおとといの朝刊を購入。
せっかくだから、ポニーキャニオン本社の『覚醒の時』の広告を見てこようと思い、虎ノ門へ。
ここは駅から3分、まっすぐ歩くだけなので、すぐに着きました。
羽生選手の大きな写真がばーんと出ていて、ちゃんと発売日も訂正されていました。
だが、しかし。
同じ道を戻るだけでいいはずなのに、戻らずに進んでしまった私。
気づくと、次の駅でした。
……なぜ?


そうそう、前回、大好評をいただいた、ぶれっぶれ写真ですが、

「CIAに補正を頼まなくったって、天下のPhotoshopさんにご活躍いただけばいいじゃん!」

とひらめき、Photoshopさんにものすごく、ものすごーーーーくがんばっていただいたのですが、さすがのPhotoshopさんも、私の跳びはねる心臓と腕には太刀打ちできませんでした。がっくり。

でも、前回の記事で、羽生選手がふれあいのとき、町田選手を待ちながらエデンの冒頭部分を踊ったと書きましたよね。
自分の撮った写真を確認したら、1枚撮れてました。
いやー、がんばりました。
えらいぞ、自分。
それがこれ。

20140510_182044.jpg

こ、こおり……?

(はい、撮れていたのは羽生選手の影だけでした)
文字どおり、凍りついていただいたところで、本題に入ります。

リリィさんリクエストシリーズ第3段、icenetworkのパーソン・オブ・ザ・イヤー(今年、もっとも活躍した人物)の記事です。羽生選手だろうと予想&期待していたのですが、なんとブライアン・オーサー・コーチでした! 考えてみれば、当然かもしれません。残念ながら、羽生選手は名前が出てくるだけですが、ナム選手の話はなかなか興味深いです。では、どうぞ〜。

※ナム選手の苗字ですが、本人は「ニューエン」と名乗っており、カナダではずっとそう呼ばれていると教えていただきました。教えてくださった方、ありがとうございます! ただ、いまのところ、日本の活字媒体では「グエン」表記が多いようですので、ここではそう訳しています。今後、表記が変わっていくようでしたら、このブログでも訂正したいと思っています。ご指摘、大歓迎ですので、これからもなにかありましたら、ぜひ教えていただけたらと思います。なにしろ知らないことだらけですので。ありがとうございました! あ、ひとつ妥協案を見つけました。一箇所以外、「ナム」で統一します・笑。

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比類なきコーチ:オーサーが2013-14シーズンを制覇

icenetworkの選ぶパーソン・オブ・ザ・イヤーの指導したスケーターがフィギュアスケートの大きなタイトルをすべてを獲得

ミッキー・ブラウン著
2014年5月13日

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ブライアン・オーサーの弟子たちが2013-14シーズンに金メダルを次々に持ち帰る
(マイク・スリップチャク撮影:Getty Images)


自分の仕事で頂点に登りつめるのと、そこにたどりついたあとでただ転げ落ち、それからまた頂点に登りつめるのは、まったく別の話だ。

ブライアン・オーサーはまさしく、それをやってのけた。

2010年、オーサーの世界は薔薇色だった。彼の指導するすばらしいスケーター、キム・ヨナがフィギュアスケートの頂点――オリンピック金メダリスト――に登りつめたのだ。しかも、フィギュアスケート界の歴史において最高の演技のひとつとみなされる出来で、それを達成した。

その後、すべては崩れ去り、キムとオーサーは後味のわるい形で袂を分かった。泥仕合へと発展し、真相は闇の中だが、さまざまな理由が噂されたとだけ言っておこう。

オーサーがあらたな弟子を受け入れてコーチとして活躍するまでに、それほど時間はかからなかった。2011年6月、ハビエル・フェルナンデスがオーサーに師事するためにトロントにやってきた。スペイン出身の気分屋の彼は、この世界における、ありとあらゆる才能を持ちながら、導いてもらう必要があった。その翌年、世界選手権で銅メダルを獲得した日本の細身の青年、羽生結弦と、カナダ・ジュニア・チャンピオンの小柄なナム・グエンが、オーサーのチームに加わった。

2年計画

2年。それが、オーサーが自分の指導方法をスケーターに浸透させるのに必要な年月だ。キムは2007年にオーサーのもとにやってきたときにもすぐれたスケーターだったが、その才能が花開いたのは、2008-9シーズンで、5大会のうち、4大会で優勝し、初の世界チャンピオンに輝いた。そのとき、彼女は真の女王となったのだ。

フェルナンデスはオーサーに師事する前年の2011年の世界選手権では10位だったが、2013年の世界選手権では銅メダルを獲得し、表彰台に立つまでに至った。前述の3人のうち、もっとも洗練されたスケーターとしてオーサーのもとにやってきた羽生は、調子の安定しないスケーターから、2014年のオリンピックの金メダリストにまで登りつめた。そして、ナムはこの2シーズン、オーサーのもとでなかなか結果が出せずに奮闘していたが、先日の世界ジュニア選手権では驚異の勝利をおさめ、有終の美を飾った。

これが計画的なものなのか、単なる偶然なのかは、だれにも――おそらくミスター・トリプルアクセル以外には――わからない。しかし、ナムはこの2年計画が妥当なものだと考えている。

「最初のシーズンはお互いを理解しようとする時間、お互いどう接すれば、いちばん効果が上がるのかを考える時間でした。最初のシーズンが終わると、オフシーズンに入って、お互いにどうアプローチするのがいちばんなのかを振り返ることができます」とナム。「2シーズン目に(その結果が)表れるんです」

「最初のシーズンにはそれがうまくできませんでした。それまで別のコーチについて、別の指導法を受けていたから。2シーズン目には、なにもかもしっくりくるようになったんです」

ナム的戦略

ナムの物語は、オーサーに指導を受けるとどうなるのかを実証している。

オーサーの門戸を叩いたとき、彼のスケーティングには改善すべき点がいくつもあった。

「ぼくのスケーティングのすべてが小さくて、のろかったんです」とナム。「ブライアンが脚の強化と連続ジャンプの強化に熱心に取り組んでくれて、そのおかげでジャンプがずいぶん大きく跳べるようになりました」

ナムの身長では――オーサーに指導を受けはじめたときには150センチにも届かなかった――姿勢も取り組むべき課題となる。そこでオーサーは若き弟子に、もし最高レベルで競いたいのなら、実際の体格よりもずっと大きく見せる必要があるということを叩きこんだ。

「(彼が来たときに)言ったんだよ。”よし、かわいい要素はもうじゅうぶんだ”とね。楽しいし、かわいいし、だれもが”ああ、彼ってほんと、かわいいよね”という感じだった」オーサーが3月18日の記事でカナディアン・プレスのローリー・ユーイングにそう話している。「だが、これからはおとなにならなきゃいけないし、おとなとしてのスケートをしなきゃいけない、それには成熟度が必要だ、と話した。だから、そういう面を引き出すことに取り組んだんだ」

ナムはトロントに移ってから約2か月でぐんと身長が伸び、それまでよりはおとなっぽく見えるようになったが、同時に新しい課題が生まれることとなった。

その変化に対するオーサーの取り組み方はシンプルだった。「立ち向かうしかない」とオーサーはナムに言った。

技術的な知識に加えて、オーサーのいちばんの強みのひとつは全体像を見ることができること、そして自分のスケーターにもそれを見せられることだ。ナムによると、彼はぶれることなく、トレーニングに取り組むことが必要なタイプのスケーターで、だからこそ、オーサーは彼が最終目標に集中していられるようにしてくれたという。

今年の世界ジュニア選手権に向けて、ナムは上位5位に入ることを目標に設定していた。

「ブライアンが言ってくれたんです。練習のときと同じように滑ればいい、なにもかもいつもどおりに、計画どおりに滑るようにって」とナム。「言われたとおりにしたら、1位になれました」

ナムは、自分の成功はほぼ、コーチの性格のおかげだと考えている。

「ブライアンはすばらしい人です。ユーモアたっぷりで、努力を惜しまない。なにより、いいなと思うのは、スケーターをできるかぎり、いちばんいい方向に導いてくれるところです」

世界ジュニア選手権で優勝したからといって、シニアで通用するとは限らない。だが、もしナムを約束の地へと導くことができる者がいるとしたら、それは彼をリンクへと送り出す人物だ。

スター選手はいかにして生まれたか

オーサーがコーチになったいきさつを知っている者がいるとすれば、現在では、エルヴィス・ストイコだろう。彼とオーサーはオンタリオ州バリーにあるマリポサ・スケーティング・スクールで、ダグ・リーに師事していた。ふたりのキャリアはほとんど重なっていない。ストイコが実力を伸ばしていったのは、オーサーが引退するころだ。しかしストイコは、リーがこのスター選手におよぼした影響をリンクのそばで見ていた。

ストイコはリーのことを「競技生活における最高のコーチ」と呼ぶ。リーのいちばんの強みは、ここぞというときにスケーターにどう声をかければいいかという生まれながらのセンスを持っているだけでなく、正念場において、なにを言うべきではないかということも承知しているところだという。

「スケーターを動揺させるようなことはしないんです。つねに試合の計画に集中している。心を乱さない方法を知っている。彼が落ち着いていれば、スケーターも落ち着ける」とストイコ。「それはブライアンとそのスケーターにも置き換えられます。あの感覚、あの情熱――ブライアンはそれを知り尽くしているんです」

オーサーが試合にのぞむとき、リーの教訓を胸に深く刻んでいるのはあきらかだった。
「ブライアンは骨の髄までスケーターでした。まわりの雑音や思惑にどう対処すればいいか、わかっていた。それを遮断して、自分のすべきことに集中するすべを身につけていたんです」

オーサーにとって、指導することは自然のなりゆきだった。1980年代のマリポサの若きスケーター、オーサーに言わせると”生意気な若者”だったストイコは、当然のようにオーサーを崇拝した。ときおり、アドバイスを求めると、オーサーはこころよくそれに応じてくれた。

「彼はいつも助けになってくれました」とストイコ。「どんなときも情報をうまい具合に解釈してくれるんです」

しかし、オリンピック金メダル――とくに1988年のオリンピック金メダル――を逃したことによる苦悩は、オーサーにも対処しきれなかった。1988年の世界選手権後、彼は引退し、当然のようにプロに転向して、ショーに出演した。どちらもうまくこなしたが、どちらでも充足感は得られなかった。

引退後、振り付けも少しかじったが、正式にコーチ業をはじめたのは、2005年にトロント・クリケット・スケーティング&カーリング・クラブのスケーティング・ディレクターに任命されてからだ。

あかりが灯ったのはそのときだ。

「だれにでも、その人にふさわしい場所があります。ただ、それがなにかを見つければいいだけです」ストイコが言う。「ブライアンによると、コーチをはじめたとき、やっていて心地よかったそうなんです。ここが自分の居場所だと感じて、気持ちが落ち着いた……彼はそこに平安を見出したんですよ」

そして、それは彼にふさわしい場所であった。それから数年たち、彼のスケーターがメダルを獲得し、その彼らがさまざまな国の出身であるところを見ると、オーサーの指導法は普遍的なものであることがわかる。

「彼は自分が教わったことをスケーターにたくさん与えることができます。知識は豊富だし、授けられるものがたくさんある」とストイコは言う。「それは師事するスケーターにとってすばらしいことです」

ストイコによると、オーサーは“2位の男”というレッテルから逃れるのに長い歳月を要したという。フィギュアスケート界であれだけの業績を成し遂げた男だ。母国のフィギュアスケート界の先駆者と言ってもいい。その彼が究極のメダルを逃したあとで、空虚感に襲われ、結果として、別の分野で自分の力を証明しようと考えたとしてもふしぎはない。

「結果でしか自尊心を満たせないアスリートがたくさんいて、それに対処するのは大変なことです。(ブライアンは)スケーターを指導し、そのレベルまで連れて行くことができる。それを見られるのはすばらしいことです」

比類なきコーチ

2013-14シーズンにおいて、オーサーの指導するスケーターは大いなる高みに到達したというだけではない。それはまぎれもなく歴史的な高みだ。彼は1シーズン中にオリンピックと世界選手権とヨーロッパ選手権と世界ジュニア選手権で自分の指導するスケーターを優勝させた、ふたりのコーチのうちのひとりである。もうひとりはユッタ・ミュラーで、1984年にカタリナ・ビットをヨーロッパ選手権、オリンピック、世界選手権で優勝させ、カーリン・ヘンチュケを世界ジュニア選手権で優勝させている。

彼の独壇場はしばらく続きそうだ。好成績を残した3人は全員、次の4年間も競技生活を続けることを表明している。パトリック・チャンの今後の身の振り方がわからないいま、形勢は変わりつつあるようだ。羽生の王座への君臨はまだしばらく続きそうだ。フェルナンデスはオリンピックの表彰台まであと一歩のところまで近づきながら、2点足らずの差で銅メダルを逃したことによるショックで奮起するだろう。そして、世界ジュニア選手権で優勝した快挙からあらたに自信をつけたナムの成長に限界はない。

カナダとスケート界に大いなる貢献をしてきた男が、弟子を通じて、フィギュアスケートを豊かにしつづけている。ここで、ひとつの疑問が浮かびあがる。長い目で見れば、ブライアン・オーサーがあのつかめそうでつかめないオリンピック金メダルを逃したのがよかったのだろうか? 競技者として望むものをすべて手にしていたら、コーチとして成功しなければという思いに駆り立てられていただろうか?

それは、だれにもわからない。私たちにわかるのは、ブライアン・オーサーとその歴史的貢献のおかげで、フィギュアスケートがより良いものになっているということだ。だからこそ、icenetworkは彼をパーソン・オブ・ザ・イヤーに選出する。

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ナム選手、なんと1年ちょっとで身長が140センチから165センチに伸びたそうです!
それはびっくり。調整するのも大変だったと思います。

2年計画という点については、羽生選手も去年の6月のインタビューで、オーサー・コーチとの関係について、「去年とはスタートラインが違う、それは大きいですね。去年からここまでの、ふたりのコミュニケーション、積み上げてきたものはたしかにあるから。(中略)最初の頃は、積み上げたものが何もないことが、すごく大きな壁でした。(中略)最初の頃のゼロに等しかったコミュニケーションが、今は何倍にもなってる。そう考えると今年はかなり楽ですね。ブライアンも僕の考え方を、ある程度、わかってくれていますし」と話しています。羽生選手の場合は英語の壁があったから、よけいに苦労したと思います。それで2年でここまで来たのだから、オーサー・コーチも、羽生選手もすごいです!
[ 2014/05/14 21:15 ] ブライアン・オーサー | TB(0) | CM(28)

プリンスアイスワールド八戸レポ

みなさま、ご心配をおかけしましたが、ぶじに生還しました。

でも、でも……もう死んでもいいかも!


会場に到着したら、まずはAED設置してあります、の文字を確認。
これでオッケー(なのか?)。

そして、ここでついに、私の真の実力を見せつけるときがきました。
実は、cocoはできる子だったことが判明!
さあ、ふれあいで撮らせてもらった、私の写真の実力を見よ!



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……ぶれっぶれ。
きょう、知り合った人に見せたら、大うけで、
「CIAに頼まないと補正できないレベル」とほめてもらいました!
えっへん!

……じゃないでしょ。
だってね、手がマジで震えてるわけですよ。
こっちに向かって、にっこりですよ。
もうスペースマウンテンに乗ってるのか、というくらいの震え。

しかし、天はわが身を見捨てなかった!
少し進んでから、私の隣の方が声をかけたんだと思います。
そこに便乗して、写真を撮らせてもらいました。
ワンモアチャンス!

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さ、さらにぶれてるってどういうこと???

ちなみに町田選手はこちら。
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はい、少しぼけてるけど、私のスマホのせいじゃないことはこれで明らかですね。

さて、私の実力をみなさんに思い知っていただいたところで、レポです。

まずはオープニング。
羽生選手の登場とともにすごい歓声。
とくに正面に若いファンがたくさんいたのか、
「やばい、やばい、やばい」という大きい声が反対側までしっかり聞こえてきました。
わかる、たしかにやばいわ……。
まずは、午前にあったというハイドロはなく、ジャンプのみ。

って、そんな構成の話、私には期待してないですよね。
パソコンもってきたのにうまく接続できず、いまホテルのパソコンを借りて書いているので、時間かかるから、細かいところは省略!
プリンスチームとの群舞、私は裏側だったので表情は見えなかったのですが、
なんでしょう、あの、漫画なら横に「てへ」と書かれてしまいそうな、異常にかわいい踊りは!
みんなと同じことしてるのですが、なんかやたらかわいい。
なんでだろ。

そして、きょうの『花になれ』は完璧でした!
いつもお手つきとかがあって、なかなかパーフェクトな演技が見られなかったのですが、きょうはもう完っ璧でした。
(ちなみに、さいきん、お手つき等が多いのは、調子がわるいわけではなく、4回転ループを練習しているために、ほかのジャンプが飛びにくくなっているのではないかという鋭い指摘を聞きました)
ちょうど裏側だったので、投げキス側。
でも、遠かったので、ぶじ生還。

最後にメンバー紹介という感じでひとりひとり順番に出てくるのですが、町田選手がとてもキレのいいジャンプを見せたあと(町田選手、さいきんいつもキレッキレです)に、羽生選手が4回転をばっちり決めました!(たぶん、サルコウ)
しかし、着氷はきれいだったのに、こっちに振り向いて、滑り出そうとした瞬間。
すてんっとびっくりするほど、勢いよく転びました。
もう漫画でバナナの皮踏んで、すべるくらいの勢い。
見てるほうもびっくり。
そのあと、帰っていくときに片脚を押さえていたので、よほど痛かったんだろうなと思いつつ、ふれあいタイムに突入。

今回、2列目だったのですが、ちょうど通路の近くだったため、お隣の方のすばらしくありがたい協力のおかげで、フェンス前をゲット。
お花、渡せましたーーー!
それで、写真撮らせてもらっていいですか?と聞いて、撮ったのがさっきの写真。
はい、最悪ですね。
羽生選手も撮らせ損ですね。

それはともかく、ひとりひとりときっちり話をして、でも、長引かせることなく、対応してて、
すばらしかったです。

私に聞こえてきた会話は「足、つっちゃったよ。なんで、つっちゃったんだろ」とぼやいたり、
(そう、あのすってんは足がつったせいだったんですね)
前髪をいじりながら、「髪、長くなっていやなんですよ。ほんとやだ」とぼやいたり(いやいや、とっても似合ってます!)、
 サルコウについて「本田さんに練習しろって言われるんですよ」とぼやいたり(本田さん……笑)。
ん? まるでずっとぼやいてるみたい?

で、羽生選手が1周終えても、町田選手が2周めに入っていて、(午後の部だったので、午前よりゆっくりだったそうです)羽生選手は何度も何度もまだかなあというふうに町田選手のほうを見て、しまいには「たつきくん、がんばるなあ」と言って、エデンの一部を踊るというサービス。
ようやく町田選手が来て、ふたりが並んだところをすこし離れたところから撮りました。
今回はまともに撮れたかも!
目の前じゃなかったから震えずにすんだんですね。
そのあと、ふたりでなかよく戻っていきました。
20140510225736b71.jpg


というわけで、死なずにすんだけど、もう一生ぶんの運を使い果たしたのではないかというほどの幸せ。
小さい子は必ず頭を撫でてあげてたし、
途中で何度もプレゼントをスタッフに渡しては、きっちり律儀にもとの位置に戻っていたし、
すばらしい対応でした。
感激しっぱなしで、どう言葉にしていいかわからないので、いつか言葉にできるようなら、感想を書こうと思います。

あああ、マジ、来てよかった!(大泣)
[ 2014/05/10 22:10 ] 羽生結弦 | TB(0) | CM(23)

行ってきまーす!

あれは数日前のこと。

家族となにげなく話していたときのことです。
私「あー、ずっと家にこもって好きなことだけできたら楽しいだろうなあ」
(いま実際そうじゃん、と心の中で自分にツッコミつつ、そこは知らんふりをして)
家族「老後なら、いくらでもそれができるよ。そのころにはITももっと発達して、なんの不便もなくなってるかも」
私「だねだね! そうか、老後はそうやって過ごせると思えば、楽しみだなあ」
家族「うんうん」
私「あ、でも、私だったら、逆に出かけてばっかになるかも。"ちょっとロンドン行ってくる〜。そうだ、オランダの友だちにも会いに行ってくるから、帰りはひと月後ね"とか言っちゃうかも」
家族「あー、いかにも、ありそう。そっちのほうがありそう。羽生くん追っかけて、世界じゅう回ってたりして」

ぎくっ。
ぎくぎくぎくっ。

私「あ、はは……はは……それ、いいなあ。じゃあ、いまのうち、しっかり稼いでおかないと! まあ、世界はむりでも、仙台は宿泊つきチケットとれたら行くからよろしくね」
家族「オッケー」

仙台には親戚もいるので、家族にとっても身近な場所なのです。
GWにもその親戚がこっちに来てて、萩の月もらったし。

それはいいとして、予約開始の晩の私は気合が入っていました。
そのとき、自分に課した縛りは「いちばん安いパックがとれたら行く!」ということ。
いえ、すてきなホテルにも泊まってみたいんですけどね。
お財布さんが許してくれなくて。

その日の夕飯は買ってきたお弁当。
発売開始30分半には「これから私は真剣モードに入るので話しかけないでください」と家族に宣言。
有線LANのほうがつながりやすいそうですよ、と教えていただいたのですが、
あいにく私のパソコンは無線LANしか無理なので、
ルーターの目の前にパソコンを置いて待機。
8時の直前から、ずっと画面を更新しつづけ、
でも、アクセスが集中しているらしく、ぜんぜん予約画面が出てこない。
もうむりかなと思ったころ、ついに予約画面が登場!
やったと思ったのもつかのま、ID登録してください、とか、ありえない〜。
震える指で何度かタイプミスしつつも、奇跡的になんとかとれました!

やった、初の遠征!
家族にも「とれたよー。この日、いないからよろしくね」と報告。
家族も「よかったね。何日だっけ」とすんなりとオッケーがもらえました。
そこまでは、なごやかな会話と言えるでしょう。

その翌日のことです。
ある方から、行けなくなったからよかったら譲りますよ、と打診があったんです。
PIW八戸公演のチケット。
いやー、悩みました。
だって、6月に仙台に行くことにしたばっかりなんですもの。
そんな、2か月連続で遠征なんて……。
お財布さん的にもかなりきびしいですもの。
悩みつくしましたよ。
0.00002秒ほど(はやっ)

「くくくくく、ください、そのチケット!」

というわけで、これから私、青森に向かいます。
ぶじに生還できるのかどうか、自信がありません。

レポ?
できると思います?
いままで、羽生選手を目の前にして
①「かっこいい」
②「美しい」
③「―――」(ブラックアウト)

の三択しかなかった私ですよ?

でも、パソコンは持参します。
だから、もしかしてもしかしたら、なにか書くかもしれません。
なにも書かれてなかったら……。

召されたと思ってください。

では、決死の覚悟で出かけてきます!



え、家族にはなんて言ったのかって?
「お友だちに会いに行きたいんだけど、いいかなあ」って。
うそ?
えっと、羽生選手のファンはみーんなお友だちなので、うそじゃないですよお(棒読み)。
さいきんは行ってなかったけど、
前は年に一度くらい友だちに会いに京都や神戸に行っていたので、
今回もそうだと思われてます。
さすがにアイスショー観に行くとは言えなかった、チキンな私。

はっ。
おみやげどうしよう。
デパ地下で八ツ橋でも買って帰るしかないか。
はたまた、カミングアウトするか……悩ましいところです。
悩みつつ、出かけてきます!
行ってきまーす!

シブタニ兄妹のビデオブログ 2014 Tokyo Stars On Ice 2014 Vlog Part 3(2014/5/9)

拝啓 シブタニ兄妹さま

突然のお便りをお許しください。
いつもビデオブログ、楽しく拝見させていただいております。
シブタニ兄妹さまの“Jackson Medley”も楽しくて大好きであります。

しかしっ。
きのう、あれだけ申し上げたではないですかっ。
週明けまで忙しいとっ。
あんなに、あんなに釘をさしておいたのにっ。


羽生選手のリフトの動画がアップされたら、更新するしかないじゃないですかーーーーーー!!!
(←サカウラミ)

というわけで、ハビエル選手の言葉はよくわからないので、できたらあとで追記します(←うーん、やっぱり、よくわからないです。「一回転半したよ」「じゃあ、ツイストしてみる?」くらいの感じかなあ。わかった人、教えてください!)。とりあえず、シブシブズのセリフ訳を載せます。



1:00〜
マイア「2日前から東京です。きょうが代々木で最後のアイスショーなの。ちょっと不思議な感じ――」
アレックス「あ、真央が来た!」
浅田選手「ハロー!」
アレックス「えっと、いま練習を終えるところなんだ。マチネのショーがあるからね。で、不思議な感じがするんだっけ」
マイア「そう、代々木にいるのが不思議な感じよ。だっていつもはここで試合をしてるんだもの。なのにいまは照明があったり、あれこれ変えてあって、リンクも狭くって。でも、とっても楽しいわ」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

やはり以前、木原選手がブログにアップしてくれていた、リフトでしたね。
それにしても、羽生選手っていつも試合のときにはくっきり二重になっていますが、このときも二重!
それだけ真剣勝負!?(笑)

ハビエル選手とアレックス選手の練習はSOIの一部のフィナーレである、ゴレンジャーならぬ“The Walker”ですね。
5/11のBS Japanでの放送が楽しみです。

追伸:みなさま、コメントありがとうございます! お返事はできたら、今夜、むりだったら、週明けにさせてください。ごめんなさいー。

追伸2:近々、翻訳と関係ない、しょうもない記事をアップすると予告しましたが、このぶんだと書く時間ないかも……。
あ、だれですか、いま、ほっとした顔したのは???
[ 2014/05/09 14:09 ] 羽生結弦 | TB(0) | CM(5)
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